最近は
SNSが生活の一部になっている方も
かなり多いと見受けます。
かくいう私もその一人
世の中には様々なSNSの形があります。
ブログ
Twitter
YouTube
Facebook
TikTok
Club house
ツイキャス
ニコニコ動画
spoon
ポコチャ
イチナナ
show room
などなど
まだまだ沢山あるわけですが。
すべてに於いて言えるのは
一部の使い方を除けば
誰もが見聞きできるツール
だ、か、ら
少なくとも
特定の、或いは
一定の人達に向けての不満や悪口
要は
人が不快になるようなことを
発信するのは
いかがなものかと思います。
それをすることで
その人には近づかないでおこう
と
思われてしまうし
何より!
今から書くことが一番大事なのですが
例え自分が納得いかないことを人からされたとしても
それが
悪意がハッキリしたものでないのなら
そのことを「感情的に」発信すべきではないです。
その行いは
発信者が相手を攻撃していることに
他なりません。
それは発信者の暴力なんですよ、言ってしまえば。
例えばLive配信で
相手に悪意なく
配信者側が傷つく言葉が放たれたなら
そこでその方に
傷ついたことを伝えればいいのです。
それも
感情的にならずに。
悪意がない場合
相手もそれにより
自分を省み、次に生かすことができます。
それが「思いやり」。
そしてその時間内で解決させたなら
いつまでもそれを引き摺らないこと。
文字の世界もそう。
悪意なく放たれたものに対し
感情的に返せば
その方だけでなく
ご自身のフォロワーさん達や
そのやり取りを目にした方々の
心の穏やかさを
あなたが奪ってしまうのです
相手が自分に対してしてきた言動が
あなたがどう感じたかではなく
相手に悪意があるかどうか
そこを見極めることは
必ずしないといけないと思います。
自分が人にできる気遣いが
必ずしも
すべての人ができるわけではない!ということを
肝に銘じておかなければ
必ずトラブルが起きます。
少し厳しく申し上げますが
そういう心構えができない方は
文字ツールにしろ
顔出し声出しツールにしろ
向いていないと
私は思います。
無駄に傷つき
無駄に人を傷つけるからです。
そして
自分のホームだから
自由にしていい、と言うのなら
「自由」の線引きを
ご自身にも他者にも
明確にしておくのは
大前提です。
ちなみに私は
自分のホームだから
何言っても自由だとは
塵ほども思いません。
なぜなら
誰か一人でも繋がっているなら
それは
自分だけの場所ではないからです。
そして
鍵機能などがない限り
いろんな方が
自分のホームを見聞きする
特にTwitterは
タイムラインに自分の言動が流れてゆく
タイムライン自体を見ない、という選択もありますが
多くのフォロワーさんがいる場合
やはり
ホームに飛ぶより
タイムラインに流れてきたツイートを見ることになろうかと思います
その場合
見たくない人の選択、というのは
初めからその方をミュートやブロックしておく必要がある
でも、その
ミュートやブロックでさえ
最初にその人の嫌なツイートを目にしてしまった結果の選択
要するに
一回は必ず目にしてしまうわけですよ
発信ツールというのは
必ずその先に
見聞きする人達がいる ということを
考えたときに
自分のホームだから
何言ってもいい なんて発想は
なんて自分中心で
人のことを考えない発想なんだろう、と
思いませんか?
それでいてやれ
優しさだの思いやりだの
寄り添いだの
どの口が言う と
私は思うわけです。
SNSを利用している人達は
そこら辺を
本当によく考えたいですね
SNSは
ストレス発散ツールではありません🍒
なんでもありな場所でもない。
発信する側も
見聞きする側も
相手がどう捉えるか を
考えて使う
人 がそこにいる限り
人 への思いやりは
必要だと
私は思います(*^_^*)
SNSが生活の一部になっている方も
かなり多いと見受けます。
かくいう私もその一人
世の中には様々なSNSの形があります。
ブログ
YouTube
TikTok
Club house
ツイキャス
ニコニコ動画
spoon
ポコチャ
イチナナ
show room
などなど
まだまだ沢山あるわけですが。
すべてに於いて言えるのは
一部の使い方を除けば
誰もが見聞きできるツール
だ、か、ら
少なくとも
特定の、或いは
一定の人達に向けての不満や悪口
要は
人が不快になるようなことを
発信するのは
いかがなものかと思います。
それをすることで
その人には近づかないでおこう
と
思われてしまうし
何より!
今から書くことが一番大事なのですが
例え自分が納得いかないことを人からされたとしても
それが
悪意がハッキリしたものでないのなら
そのことを「感情的に」発信すべきではないです。
その行いは
発信者が相手を攻撃していることに
他なりません。
それは発信者の暴力なんですよ、言ってしまえば。
例えばLive配信で
相手に悪意なく
配信者側が傷つく言葉が放たれたなら
そこでその方に
傷ついたことを伝えればいいのです。
それも
感情的にならずに。
悪意がない場合
相手もそれにより
自分を省み、次に生かすことができます。
それが「思いやり」。
そしてその時間内で解決させたなら
いつまでもそれを引き摺らないこと。
文字の世界もそう。
悪意なく放たれたものに対し
感情的に返せば
その方だけでなく
ご自身のフォロワーさん達や
そのやり取りを目にした方々の
心の穏やかさを
あなたが奪ってしまうのです
相手が自分に対してしてきた言動が
あなたがどう感じたかではなく
相手に悪意があるかどうか
そこを見極めることは
必ずしないといけないと思います。
自分が人にできる気遣いが
必ずしも
すべての人ができるわけではない!ということを
肝に銘じておかなければ
必ずトラブルが起きます。
少し厳しく申し上げますが
そういう心構えができない方は
文字ツールにしろ
顔出し声出しツールにしろ
向いていないと
私は思います。
無駄に傷つき
無駄に人を傷つけるからです。
そして
自分のホームだから
自由にしていい、と言うのなら
「自由」の線引きを
ご自身にも他者にも
明確にしておくのは
大前提です。
ちなみに私は
自分のホームだから
何言っても自由だとは
塵ほども思いません。
なぜなら
誰か一人でも繋がっているなら
それは
自分だけの場所ではないからです。
そして
鍵機能などがない限り
いろんな方が
自分のホームを見聞きする
特にTwitterは
タイムラインに自分の言動が流れてゆく
タイムライン自体を見ない、という選択もありますが
多くのフォロワーさんがいる場合
やはり
ホームに飛ぶより
タイムラインに流れてきたツイートを見ることになろうかと思います
その場合
見たくない人の選択、というのは
初めからその方をミュートやブロックしておく必要がある
でも、その
ミュートやブロックでさえ
最初にその人の嫌なツイートを目にしてしまった結果の選択
要するに
一回は必ず目にしてしまうわけですよ
発信ツールというのは
必ずその先に
見聞きする人達がいる ということを
考えたときに
自分のホームだから
何言ってもいい なんて発想は
なんて自分中心で
人のことを考えない発想なんだろう、と
思いませんか?
それでいてやれ
優しさだの思いやりだの
寄り添いだの
どの口が言う と
私は思うわけです。
SNSを利用している人達は
そこら辺を
本当によく考えたいですね
SNSは
ストレス発散ツールではありません🍒
なんでもありな場所でもない。
発信する側も
見聞きする側も
相手がどう捉えるか を
考えて使う
人 がそこにいる限り
人 への思いやりは
必要だと
私は思います(*^_^*)