彼女と付き合いだしてからはじめての期末テスト。
集中力が増したのか、これまでの僕の生涯を通じて会心の出来だった。

僕らの時代には受験地獄という言葉がよく使われたが、テスト勉強や成績のことなど今は憶えてもいない。
けれども、この時のテストが上出来だったことは、なぜだか記憶にあざやかだ。

自分で言うのも面はゆいが、高校に入るまで僕はそこそこ勉強は得意だと思っていた。
高校に入って状況は一変、僕には平平凡凡とした頭脳しかないことがよく判った。

子供のころから通信簿は姉の元へもっていく。僕は成績のことで、姉に叱られた経験は一度もない。
姉は結果が良ければ褒めてくれた。悪くても次に頑張れと励ましてくれて、決して怒ることはしなかった。

けれども僕はうすうす勘ずいていた。僕の成績が悪ければ、やはり親のいない子は駄目だという烙印を押されてしまうこと。
そのことをを誰よりも恐れていたのは姉であったこと、僕は子供ながらに敏感に感じ取っていた。
僕は姉を落胆させることを何より恐れた。だから僕は十人並みには勉強する子供だったと思う。

幼少時代より、姉は周りから神童と言われていた。
生まれついて賢かったのだろうが、姉が人知れず努力家であったことは、たぶん僕以外誰も(父も)知らない。
姉はいつも涼しい顔をしていて、外ではそんな努力のそぶりなど、おくびにも出さない。

中学時代は生徒会長。バスケ部ではキャプテンで4番をつけていた。
明るく外交的で自信家、友達も多く、男女を問わず人気者。そんな姉の周りにはいつも人が集まった。
ただ、正義感が強くやや独善的、言い出したら聞かない意固地さ、逆らいがたい凛とした雰囲気。
僕にとって姉は誇りでもあり、恐怖でもあった。


夏休み前の、三者面談の日のこと。
担任のS氏は独身の面白い先生で、僕は彼を嫌いではなかった。
面談前、教頭から卒業生である姉のことを聞いていたようで、冗談を言って絡んでくる。

S「ゆうじ、教頭先生から聞いたけどな~、お前の姉さん、別嬪さんなんだってなぁ~、俺のヨメになってくれない?」

僕「・・・俺、先生の弟だけは嫌です。」

S「・・・。」

姉はいつものように白っぽい服を着てやってきた。
僕はテストの手ごたえがよほどよかったので、内心かなりウキウキしていたと思う。

挨拶をして姉が席に着く、ピンと伸びた背筋、まっすぐに向けられる視線、姉のいる場には独特の緊張感が漂う。

期末テストの結果が示された。
7位、高校入学以来、初めての一桁だ。(これが最初で最後の快挙でしたが)
姉の横で僕はかなり自慢げだったと思うが、姉はテストの結果のことは特に触れず、僕の生活態度のことを質問しはじめた。

姉「弟の生活は先生の目から見て、どうご覧になりますか?この子、私には都合の悪いとこは見せないので。」

途端に不安になった。まさかSが僕と彼女のことを知っている訳はないと思ったが、そこは情報通のSのことである。(後で知ったが、Sは僕が彼女と一緒に登校していた情報は掴んでいたようだ。)
・・・チクられると後がやっかいだ。

ウチの高校は「立志・開拓・創作」を校是に掲げる自由な校風が伝統である。
そもそも恋愛など自由ではないか。開き直りつつ、内心はヒヤヒヤする。

S「ゆうじ君は友人にも恵まれ、学校行事や部活動にも熱心、高校生活を充分に楽しんでいるようです。」

僕(おっ、Sさん空気読めるじゃん)

姉「そうですか。安心しました。」

そう言いつつも、姉は唇を結んだ。
左頬に片えくぼができる。目が笑っていない。
姉が納得していない時のいつもの表情だ。

一呼吸おいて、姉はさらに難しい顔をし、僕の進路について切り出す。

姉「私がいたらないので、進路についても家ではなかなか話す機会がありません。この子に明確な進路希望があるなら聞いてあげたいのですが、今はまだないのなら時間を与えて選択肢を残してあげたいです。先生、客観的にこの子の適性をどう思われますか?私には身びいきもあり、冷静に判断できないので・・・」

僕(えっ、そんな話もするの??)

テストの結果のことだけで面談は終わりと思っていた僕は戸惑った。

Sはしばらく考え、
「あくまで一般論ですが。」と前置きし、

S「ゆうじ君は理数系が得意なようなので得意分野をさらに伸ばしてですね、今回のテストでは文系科目も随分と習熟度が上がってきたようなので・・・中略・・・ご家庭の事情を考えれば東京近郊の国立理系を目指すのが適当かと思います。」

姉「先生すみません。私がいう適性というのは現在の学力の話ではなくて・・・中略・・・要するに、この子の能力、気質や性格を考えたとき、どのような学問領域が適性なのかを伺いたかったのです。」

どうも姉とSの会話はかみ合わない。

進路を考える根拠について、その後も姉の質問は続いていく。
いくつか切り口を変えらがら、どれも単純な問いではない。
姉自身も熟考し、自問自答しながら準備してきた問いなのであろう。

Sはう~んと唸っては考え、時に腕組みをし、そして足を組み換えながら、持論を述べる。
しかし、いづれも姉の期待する答えに届いていないようだ。
面談時間はとっくに予定の15分を過ぎていた。

なんともどんよりとした重い空気が漂う。疲れた空気だ。

場の雰囲気は完全に姉に支配されている。
気の毒に、Sは姉の気色に押されて青色吐息に見える。

僕はちらりと時計に目をやるが、時間のことはとても言い出せない。

目ざとく姉が気付き、下を向いて腕時計を見る。
どうやら時間が過ぎたことを確認したようだが、満足な回答が得られていないのであろう、再び姉は唇を結んだ。
左頬に片えくぼができる。目は笑っていない。

姉「先生、お時間ですよね。長々とすみません、ありがとうございました。」

姉が謝意を述べて席を立った。教室は長い緊張感から解放された。
僕にはSの目が熱を帯びて、少しうるんでいるように見えた。