多くの人にとって高校時代の夏休みは忘れられない思い出があると思う。
僕もまた、高校2年の夏休みことを忘れることが出来ない。
今でもあの頃を振り返るたび、あの甘酸っぱいような(安い表現ですが)記憶がよみがえる。

銀行員の父、元教師の母、彼女の家は厳格な家だった。
もちろん男女交際など許されるはずもない。

部活帰り、僕たちは秘密のデートを重ねた。
学校の近くに図書館があり、いつも人目をさけて待ち合わせをした。
夏服の白いブラウスが長身の彼女にとても似合う。

夏休みに入ってすぐ、平日の上野公園は夕暮れ時、人もまばら。
夕方というのにまだ暑さが残っていて湿気を感じる。

既に僕には心に期すものがある。

彼女も何か感じるものがあったと思う。

僕たちは人気のないベンチを探して、二人腰を下ろす。
そっと彼女の肩に腕をまわす。

しばらくの沈黙。
彼女の緊張が伝わってくる。

夕闇がせまる時、手を握って、彼女を立たせる。
恥じらいうつむく彼女を、きつく抱きしめた。
身体を固くした彼女の、張りつめた鼓動をしっかり受け止める。

彼女の髪のいい匂いがした。

しばらく抱きしめた後、彼女の肩に手をおき彼女の瞳をのぞき込む。
頬を染めた彼女の照れくさそうな表情が可愛く、愛しい。

彼女の首すじに手をあて、じっと彼女の目を見る。
彼女の表情から笑顔が消えると同時に、彼女が目を閉じる。

少し唇が震えている。

僕はそっと彼女の唇に口づけた。

儀式にすぎない。僕は醒めていた。
口づけしながら、僕はまるで観察でもするように彼女を見た。

目を閉じたままの彼女は、可愛い、愛おしい。
なのに僕の心の中は、なんとも冷たい白々しいものがわきあがる。

期せずして姉の顔が脳裏をよぎる。
こんな時にと、自分にいらつく。

キスのあと、焦燥感にかられるようにして彼女を強く抱きしめる。
「好きだよ。アキ・・」

彼女の熱い吐息を感じる。

宴は終わった。



長い時間に洗われたのだろう、思い出は浄化され美しい。
今宵、宮古島には上弦の半月。彼女も何処かでこの月を見るのだろうか。