大学生活も独り暮らしにも当たり前になりはじめ、チョムスキーとテニスに没頭していた大学2年の初夏のだったか、おもいがけず姉の友人の男性の訪問を受けた。
姉の葬儀にあたっては、たくさんの姉の友人のご協力をいただいた。
その中でもとりわけ、その方はまとめ役的な存在だったと思う。
何度かお会いしたこともあり、わざわざ訪ねてくださったことにとても親近感を感じた。
姉の位牌に手を合わせ一通りの社交辞令の後、その方は姉との思い出を語って下さった。
お話の中で、彼は姉の大学時代の3つ上の先輩で姉が大学を辞めた後も、よいお付き合いがあったこと、現在は弁護士をされており、父の遺産の扱いなどについて姉の相談相手になってくれていたこと等々が伺われ、その方の話の端々から姉への好意が沁みて、親しさが増した。
語り終えると一通の手紙と一枚の写真を手渡され、僕に受け取ってほしいと仰った。
僕は少し躊躇したのだろう、しばらく促されて拝見すると、手紙は姉からのもの、写真はサークルの集合写真で姉が大学入学時ごろのものであることが見て取れた。
写真はともかく、手紙は姉からその方へ書かれたものなので、僕は受け取れない旨を伝えた。
それならばいっそ破棄してほしいとまで言われ、失礼して姉の書いた手紙を全部読む。
そこには彼から姉への恋文に対する、姉からの返答とおぼしき内容が綴られていた。
僕が推測するに、おそらく姉はその方に好意があったに違いない。
姉は、どこか儚げな風貌とは裏腹に、好嫌諾否をはっきりと意思表示する強い女性だった。
手紙ではそんな姉の文とは思われない、なんとも歯切れの悪い婉曲な表現で、彼の想いを拒絶している。
姉はヰタ・セクスアリスの一節を用いて、自らの気持ちを封じることを記していた。
しかし、ほのかに燈った感情の熱が、ひと肌のぬくもりのように彼に伝わったであろうことは、この文を読む限り、僕の想像にも難くない。
読み終わって、いくつかお聞きしたい思いが込み上げてきた。
僕は喉まで出かかっていたその方への問いを、飲み込んだ。
彼もそのことについて何も語らなかった。
その方は遠くを見るような目をして、しばらくの沈黙の後、静かに去ってゆかれた。
市ヶ谷でもセミの声が聞こえ出した。東京にまた夏が近づいていた。
追伸 晃一さま、益々ご清栄のことと存じます。お預かりした姉の手紙と写真は本日、宮古島の海に流しました。今の僕には姉の痕跡が身近にあることに耐えられません。頂いた写真の一部をスキャンしています。デジタルデータは僕たちの時代が終わって永い時間が流れても、この世に姉が確かに生きたことを証かしてくれるのかも知れません。
写真を撮られるのが苦手だった姉、仰っていた通り姉の笑顔の写真、本当に全くないのです。


姉の葬儀にあたっては、たくさんの姉の友人のご協力をいただいた。
その中でもとりわけ、その方はまとめ役的な存在だったと思う。
何度かお会いしたこともあり、わざわざ訪ねてくださったことにとても親近感を感じた。
姉の位牌に手を合わせ一通りの社交辞令の後、その方は姉との思い出を語って下さった。
お話の中で、彼は姉の大学時代の3つ上の先輩で姉が大学を辞めた後も、よいお付き合いがあったこと、現在は弁護士をされており、父の遺産の扱いなどについて姉の相談相手になってくれていたこと等々が伺われ、その方の話の端々から姉への好意が沁みて、親しさが増した。
語り終えると一通の手紙と一枚の写真を手渡され、僕に受け取ってほしいと仰った。
僕は少し躊躇したのだろう、しばらく促されて拝見すると、手紙は姉からのもの、写真はサークルの集合写真で姉が大学入学時ごろのものであることが見て取れた。
写真はともかく、手紙は姉からその方へ書かれたものなので、僕は受け取れない旨を伝えた。
それならばいっそ破棄してほしいとまで言われ、失礼して姉の書いた手紙を全部読む。
そこには彼から姉への恋文に対する、姉からの返答とおぼしき内容が綴られていた。
僕が推測するに、おそらく姉はその方に好意があったに違いない。
姉は、どこか儚げな風貌とは裏腹に、好嫌諾否をはっきりと意思表示する強い女性だった。
手紙ではそんな姉の文とは思われない、なんとも歯切れの悪い婉曲な表現で、彼の想いを拒絶している。
姉はヰタ・セクスアリスの一節を用いて、自らの気持ちを封じることを記していた。
しかし、ほのかに燈った感情の熱が、ひと肌のぬくもりのように彼に伝わったであろうことは、この文を読む限り、僕の想像にも難くない。
読み終わって、いくつかお聞きしたい思いが込み上げてきた。
僕は喉まで出かかっていたその方への問いを、飲み込んだ。
彼もそのことについて何も語らなかった。
その方は遠くを見るような目をして、しばらくの沈黙の後、静かに去ってゆかれた。
市ヶ谷でもセミの声が聞こえ出した。東京にまた夏が近づいていた。
追伸 晃一さま、益々ご清栄のことと存じます。お預かりした姉の手紙と写真は本日、宮古島の海に流しました。今の僕には姉の痕跡が身近にあることに耐えられません。頂いた写真の一部をスキャンしています。デジタルデータは僕たちの時代が終わって永い時間が流れても、この世に姉が確かに生きたことを証かしてくれるのかも知れません。
写真を撮られるのが苦手だった姉、仰っていた通り姉の笑顔の写真、本当に全くないのです。
