生まれた時から東京暮らしだった僕が、沖縄の離島宮古島に移り住んでもう半年になる。
今宵、自分はどこからやって来たのだろうか、とりとめもなく考える。
僕は母を知らない。母の記憶はかけらほどにもない。
ものごころついた時には父と姉と僕の3人家族として幼少時代を過ごした。
家に母の痕跡を残すものは、僕の記憶の中では何もなかった。
父は貿易商を営んでいて家は比較的裕福だったと思う。
仕事ばかりしていて、あまり家にはいたことのない父ではあったが、月に一度は家族でホテルのディナーに連れて行ってもらった記憶がぼんやりとある。
6つ上の姉は、姉と言うより母のような存在だった。
しっかり者の彼女は、家のことを一人で切り盛りしていただけでなく学業もスポーツも秀でていた。また近所でも評判の美少女で小さい頃、人見知りだった僕にとって本当に自慢の姉だった。
姉は高校の頃から心理学を学んでいて、まだ小学生だった僕にフロイトやユング、マズローの話などを子供の僕にも解りやすく教えてくれた。彼女は京都大学に合格したにも係わらず、家族のことを考えたのだろう家から通える上智大学に進学した。
僕が13歳、中学1年の時、父が他界した。脳卒中だった。
突然のことであり、また死というものへの実感のない僕にとって、父の死は幻の中の出来事のようだった。しかし、ただ現実だけが姉と僕の前に立ちふさがった。
姉は大学を辞め、父の友人が世話をしてくれた商社に就職した。後に親戚から聞いたことだが、父の遺産も多少あったので、大学だけ出ておいた方がよいという周囲の勧めを断っての決断だったようだ。
父の法要も一段落つき家の片付けも終わるころ、大学の教科書を書棚に仕舞いこむ姉が、目にいっぱいの涙をためて声もなく泣いていた日のこと、今でも昨日のように思い出される。
父の葬儀でも気丈にふるまい、涙一つ見せなかった姉の、唯一こぼした一度きりの涙。
姉の夢が無常にも砕けたその時だったのか。
それからの僕は、姉の手ひとつで育てられた。
姉は青春時代を謳歌することもなく、ただ弟である僕を育てるためだけに生きてきた。
普通の家庭なら恋愛の一つや二つあっても不思議ではない年ごろだ。
それなのに、家族のために休むことなく只黙々と働いていた姉。
よく仕事の書類を持ち帰っては台所でひとり遅くまでワープロを打つ姉の、そんな後ろ姿とカタカタと鳴る乾いたワープロの操打音を聞きながら僕は多感な少年時期を過ごした。
これも後で知ったことだが、姉は僕が就職して一人前になるまでは、女性としての楽しみの一切を封印すると決めていたという。
僕の存在が姉のかけがえのない青春を奪ったのだ。
今宵、自分はどこからやって来たのだろうか、とりとめもなく考える。
僕は母を知らない。母の記憶はかけらほどにもない。
ものごころついた時には父と姉と僕の3人家族として幼少時代を過ごした。
家に母の痕跡を残すものは、僕の記憶の中では何もなかった。
父は貿易商を営んでいて家は比較的裕福だったと思う。
仕事ばかりしていて、あまり家にはいたことのない父ではあったが、月に一度は家族でホテルのディナーに連れて行ってもらった記憶がぼんやりとある。
6つ上の姉は、姉と言うより母のような存在だった。
しっかり者の彼女は、家のことを一人で切り盛りしていただけでなく学業もスポーツも秀でていた。また近所でも評判の美少女で小さい頃、人見知りだった僕にとって本当に自慢の姉だった。
姉は高校の頃から心理学を学んでいて、まだ小学生だった僕にフロイトやユング、マズローの話などを子供の僕にも解りやすく教えてくれた。彼女は京都大学に合格したにも係わらず、家族のことを考えたのだろう家から通える上智大学に進学した。
僕が13歳、中学1年の時、父が他界した。脳卒中だった。
突然のことであり、また死というものへの実感のない僕にとって、父の死は幻の中の出来事のようだった。しかし、ただ現実だけが姉と僕の前に立ちふさがった。
姉は大学を辞め、父の友人が世話をしてくれた商社に就職した。後に親戚から聞いたことだが、父の遺産も多少あったので、大学だけ出ておいた方がよいという周囲の勧めを断っての決断だったようだ。
父の法要も一段落つき家の片付けも終わるころ、大学の教科書を書棚に仕舞いこむ姉が、目にいっぱいの涙をためて声もなく泣いていた日のこと、今でも昨日のように思い出される。
父の葬儀でも気丈にふるまい、涙一つ見せなかった姉の、唯一こぼした一度きりの涙。
姉の夢が無常にも砕けたその時だったのか。
それからの僕は、姉の手ひとつで育てられた。
姉は青春時代を謳歌することもなく、ただ弟である僕を育てるためだけに生きてきた。
普通の家庭なら恋愛の一つや二つあっても不思議ではない年ごろだ。
それなのに、家族のために休むことなく只黙々と働いていた姉。
よく仕事の書類を持ち帰っては台所でひとり遅くまでワープロを打つ姉の、そんな後ろ姿とカタカタと鳴る乾いたワープロの操打音を聞きながら僕は多感な少年時期を過ごした。
これも後で知ったことだが、姉は僕が就職して一人前になるまでは、女性としての楽しみの一切を封印すると決めていたという。
僕の存在が姉のかけがえのない青春を奪ったのだ。