子どもが嫌いな私に、妊娠を自慢する友人がいます、とか
不妊治療している私に気を使ってか、妊娠したことを友人が教えてくれず、余計傷ついた、とか。
たまに聞くんですが、その度に、プレッシャーって悪よのぅ、とつぶやいたりします。
だって、
みんな 精一杯、それぞれの環境で、それぞれのタイミングで生活してるだけでしょう?
受験もそうだし、就活も、婚活も、妊娠・出産・育児もそうだし、あ、老人介護もそうかな。
その中で みんな 精一杯、自分の主張を通したいんですよ。
で、
いつも通るとは限らないっていう・・・
。
だから 冒頭に書いたような やりとりに出会うと、しみじみ、茶でもすすりながら、
修羅と化したその胸の内と、静かに向き合いたくなるのです。
当人たちの「そんなつもりはなかった」という認識の違いや、
言葉の取り違えが問題ではないんです、
まして 思いやりやデリカシーの有無も、実際は、あまり関係がないような気がします。
問題は、「そうと気付かずに」、修羅道へ迷い込むことではないかと思います。
私は そこに さまざまなプレッシャーを見るのです。
一言、あなたのままでいい と心から許してもらえたならば、それで済む話を、
誰もが 表面ではいい顔をしながら、許そうとしないから、
腫れもののようになって、
卑屈になって、
それでも他者とつながろうとして自虐的になるのかもしれません。
ひとつだけ 確かなことは、
自分を縛るものと向き合って解放されたら おのずと自信がつくということ。
自信をつけるということは、おそらく、そういう地道な作業にほかなりません。
ところで
昨日 友人の赤ん坊(生後ひと月)を抱っこして メロメロだった私は、
コモさんとゆっくり会話することもなく、早々に床につき 爆睡いたしました。
にもかかわらず、コモさんめずらしく 文句言わず。 えらい、えらいぞ!コモさん!
えらくないのは連れ合いです。
奴は 徹夜で麻雀し、負けて帰ってきているとのことです。
勝てよ、そこはっ
このバカ者っ!

