あれから48年・・・ | 湯湯婆で低温火傷

湯湯婆で低温火傷

タイトルが読める人はすごいです

必死に生きてる 豆苗さま

 

 

南の窓に向かって、伸びていました

 

がんばれ 豆苗❣

yellow Flowerflower

 

 

こんにちは

 

朝から不機嫌な感じの 猫のふくを 追い回している lanipiaです

 

ふくは 逃げてしまいました

 

 

❣(。→ˇ艸←)

 

 

足だけ見て分かる

 

 

不機嫌だ!ってコトが(笑

 

 

( ゚∀゚)アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒゴッ!!!ゴホッ!ゴホッオエェェェー!!! 

 

strawberry

 

 

昨日 我が家の駐車場に車を入れていたら

目の前のバス停で、フラフラと 

今にも倒れそうな御婦人が見えました

 

年の頃は、80前後くらいかな

 

倒れそうになりながらも、歩いていたのです

 

見過ごすことは出来ませんよね

 

声かけをして、家までお送りしましたの

 

話を聞いたら、我が家の近くと言うコトでしたが

知らない人の車(私)に乗り込んだせいでしょうか。。。

 

御婦人は、自分の家が分からない!と言い出しましたの

 

うーん・・・・困った

 

聞いてもいないのに、御婦人の話は続きます

 

ダンナが亡くなって、最近子供達が家に住み着くようになった

知らない人に送ってもらったと知られたら、子供に怒られる

怒られるので、そこら辺で降ろして欲しい

でも家が分からない・・・・・・でも降ろして

 

うーん・・・・困った

 

子供に迷惑を掛けたくない、そんな親御さんの気持ちを察して

 

「玄関先まで送るので、そのまま家に入ってください

私はそのまま帰りますので、お子さん達には怒られないと思いますよ」

 

 

納得したかは分からないけど、なんとか家まで辿り着き

車から降りた御婦人が、すたすたと歩いて

玄関に入るところをミラーで見届けて、帰宅しました

 

 

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

 

 

歩けるん かぁ~~~い

 

 

まぁ いいけどね

 

 

なんともなくて良かった YoYoCiCi - bye  bye-bye

 

 

 

 

お題の 「あれから48年・・・・」

 

私が中学一年生の時に、この地に引っ越してきてからの年月です

 

父が家を建てた時は、周りは畑ばかり

野中の一軒家、って感じの家でした

 

中2・中3と この家で暮らし 15の時に家を出た

高校生の時から数年前まで、この家には住んでいませんでした

 

畑ばかりだった土地にも、家がゴロゴロ建ち並び

今じゃ巨大な町内会として、この地に君臨

 

 

そして、最後の砦

 

我が家の西側の土地は、長年 空き地でした

(今年の3月に撮った写真が残っていた)

 

 

この空き地があったからこそ、日高山脈が 我が家から見えました

 

 

 

 

しかぁ~~~し~

 

今朝、旗が立ちましたぁ~~~~

 

 

北海道でも大手の、住宅メーカーの旗でした

 

 

最後の砦だった、我が家の西側

 

家が建つようですね

 

 

平屋であることを祈りたいけど

まぁ2階建てでしょうね

まさか3階建て?

4階・・・

 

そびえ立つ 高層マンション?!

 

 

んなわけは無いけど

 

 

景観って、大事っすよね

 

 

なーんもない時代が、妙に懐かしいです