東の空を見ながら -7ページ目

東の空を見ながら

子どものこと、日々思うこと、あれこれを綴ります。

ぼちぼち新学期が始まったお子さんもおられるようですね。

我が家は週明けから新学期がスタートです。
…といっても、学校に通っているのは長女だけですがあせる

でも今年は次女・長男にも動きがあるのが、昨年までとの大きな違いですニコニコ

長男はNPO法人の学習教室を週1から週2回に増やす方向で調整中。ようやく暇だ、暇だと言うようになってきて…。

それは、エネルギーが貯まってきたとも言えるのですが、不登校状態且つ、変化の受け入れに柔軟な方ではないため、暇を埋めるだけの活動内容を設定するのは簡単ではなくて汗

長男はどうやら暇過ぎても不安が大きく、鬱っぽくなるタチみたいで、ここ最近、不安定な気持ちになる頻度が増えてきて、私もストレスを感じがちでしょぼん

何とかそのモヤモヤ感を埋め合わせる方法として、慣れてきた学習教室の回数を増やすことに決まり、準備を進めているところです。

暇な時間をどうやって埋め合わせるか等、一見ハードルが低そうな変化も、難しい子もいるんですよね。だからこそ「障害」という位置付けにあるんだろうけど…。

さて前置きが長くなりましたが、ようやく本題です…

次女の進学予定の中学は5月スタートなのですが、4月中に体験入学の期間が設けられています。

学校行事って、基本的に事前にプリントでお知らせがもらえますよね~。

今回の体験入学に関しても、登下校の時間、時間割等が書いてあるプリントが渡されていて、私なんかはざっとあらましが把握できていれば、細かい内容がわからなくても特に不安もないし、聞きたいことがあったとしても、事前にそのことを詳しく知っていそうな人をチョイスし、連絡を取ることが比較的簡単にできるので、困ることはめったにありません。

ところが次女に言わせると、そういった一般的な予定表の形式では情報不足らしく、全く役に立たないそうで汗(次女はよく「自分に分かる説明でなければ意味がないビックリマーク」と噛みついてきますあせる)

私も何度もそういう場面に遭遇しているはずなのに、次女が詳しい情報を必要としてるってことを、ついつい忘れてしまうんですよね。

それは私がつい自分の感覚で物事を考えてしまいがちなのと、次女もその行事や予定に関する認識のスイッチが入ってからでないと、〈詳しい情報を必要としている自分〉に想像がめぐらないというか…

例えば予定のプリントをもらった時点で「何か聞いておくことある?」と次女に尋ねたとしても、「別に…」と答えるだけなんですよねあせる

で、事が差し迫ってきた時に、ようやく必要性を感じて、あれこれ聞いてくるのはいいのですが、私としては「え?何で今頃、聞いてくるの?」とか、落ち着いて対処方法を考える時間もなかったりして、ついつっけんどんなものの言い方になってしまったり汗悪循環なんですよね。

次女も今までは自由気ままな、おうち生活でしたが、学校のペースにある程度合わせていく必要はある訳で…

結局、体験入学の詳しい説明を聞くために、再度面談の時間をとってもらうことにしました汗
中学側もその申し出を快く受け入れてくれたので、とりあえずホッとしています。

ちょうどこないだの発達検査の結果から考察される対応策もお伝えできるし(やってもらえるかどうかは別として)、頭の中を整理し直して、挑みたいと思います。

取り急ぎ伝えたいことは、

・予定等は一歩踏み込んだ内容まで、掘り下げて伝えてもらいたい。(イマジネーションの課題があるので、本人が理解できるレベルに近づくよう、時間的なこと、内容等、多少細かめの説明をお願いしたい)

・耳からの情報は、本人特性に加え、緊張等も相まって、記憶に残りにくいので、できるだけ視覚的に情報を得られるような工夫をお願いしたい。

・集団の中にいると、緊張等で処理速度が落ちてしまいがちなので、できるだけ本人のペースで取り組めるように、指示や課題の量を吟味して頂けるよう、お願いしたい。

は~、お願いだらけだなぁ汗でも、こういったことを少し留意してもらうだけで、格段にハードルが下がるのが、この子たちなのでね。
あくまでも丁重にご協力をお願いしたいところですにひひ

私としては〈体験入学を成功させたい〉というよりは、〈今後に繋げるための成功体験に近づけたい〉という感じなんですよね。(ビミョーな違い、お分かり頂けるでしょうかあせる)

例えば、体験入学の全てのカリキュラムに参加することができたとしても、しんどさだけが残ったのでは成功体験とは言えないですよね。

部分参加であったとしても、本人に何らかの手応えが感じられたり、次に向かって進むための目標が一つでもできたり、モチベーションがあがるきっかけになるのであれば、それは成功体験と呼べるのではないかと思います。

学校の先生って、どうしても決められたスケジュールをこなすことに重きを置いてるところがあるので、判断基準にズレを感じることも多いんですよね。

その辺りを見誤らないようにして頂くためにも、中学の先生方との認識レベルをできるだけすり合わせることができれば…と理想は大きいのですが。

二度目の面談が実りあるものになりますようにビックリマーク
上野一彦先生のブログである、"LD先生の子育て相談"というサイトに、「知能検査は必要なくなるのか」という興味深い記事を見つけました。

長男の発達検査の結果については、最近も記事にしていましたが、やはりこういったボーダー近辺の数値が出ている子どもを持つ親としては、IQ、DQ等、検査結果の数値を完全に頭の中から切り離すということはできなくて。

それは福祉的な制度、学校の特別支援等の制度や枠組みも、少なからず…というか、かなり杓子定規に数値で判断されているところがあるからなのではないかと思います。

ところで、こちらの自治体では、この4月から療育手帳の発行要件が緩和されることが決まり、新たに知的障害の境界層にあり(こちらの地域ではDQ80台辺りを示すと思われる)、かつ社会適応能力が低い状態と見なされる人に関して、判定会議を経て、発行が認定されることになったそうです。

実はこの記事、長男だけに関わる問題という認識で先月末から書き始めていたのですが、次女もようやく特別児童扶養手当申請のための発達検査の受け直しを済ませ、出てきた数値が、療育手帳の新たな発行要件に該当する数値で…タイミングが良すぎると言えばいいのか、何というかあせる

2年前のWISC-Ⅲでは、平均のど真ん中に近い値が出ていたんですよね。
それが今回の検査は新版K式ということで、WISCとは視点が異なるようで、どちらかというと学力的なことよりも生活に必要な力をはかるものだと、長男の時に説明を受けてはいたのですが、その辺りが如実に表れた結果のような気もしています汗

次女は認知・適応が80台、言語・社会が90台で、かなりの開きがあるんですよね。(ちなみに長男は認知・適応、言語・社会にほとんど差がなく、いずれも80台)

結果的に二人の総合的な発達指数は似通った数値(若干、次女が上)になるんですが、それぞれの項目が指し示す値に物凄く差があるので、あぁ、やっぱりそれぞれに困り感が違うのだな…という意味でも納得ができました。

話は戻って、今回の療育手帳の発行要件の緩和に関しては、福祉的な制度としては良い方向には向かいつつあるようにも思いますが、実際の社会や学校における認識が広がって、うまく機能してくるのは、まだまだ先になるんでしょうね汗

能力、状態、適応、環境…そういったものをどのようにアセスメントし、マッチングさせるのか。

こういった作業が、保護者だけに負担がかからない形で、自然にさりげなく行われるような社会に、少しずつでも近づいていって欲しいですし、私も親の会の活動を通じて、啓発活動の片隅に身を置き、できることを続けていきたいと思った、世界自閉症啓発デーの一日でした。