내한국
안녕 여로분
このブログは5年前の思い出を綴っている。
あの日学校から帰って、ご飯を食べた後お部屋にいた。夕方からアルバなのでその準備をしていた。この間わからなかったことを調べたり、今日一緒に勉強する内容を確認したりしていた。たまたまテレビをつけていたのだが、目に飛び込んできたのは津波の映像だった。
まずいと思った。ただ宮城と言う単語が宮崎という単語に聞こえ、初めは九州なのではと思った。しかしコシテルの日本人が集まりだし、すぐに東京が危ないと感じ始めた。
すぐに家族と連絡が取りたかった、有名エンジンは全て見れなくなった。MSNやgoogle、yahooでさえjpのsiteは一瞬ついてもすぐ消えてしまい、電話も通じない。とてつもなく怖い。コシテルではNHKがみれないためどんな状況かもわからなかった。
韓国のニュースは全てこの話題になり、どこのテレビ局も同じ津波の放送を幾度もした。しばらくしてメールが1つ来た。父からだった。「地震大丈夫です。 父、母」涙が出た。今でも覚えてる。
何ができるわけでもないがソウルの町で日本の被災者のための募金に協力した。今でも募金している。わたしの小さな気持ちが届くなど考えているわけではない。どうかみなさんがうまくいきますようにと願うばかりだ。
내한국
안녕 여로분
おとといから咳が止まらない。病気になると思ってなかったし、カードの保険があるから帰国したら清算すればいいと甘い考えだった。
肺炎みたいで 寝れないし、苦しいし、胸がすごく痛くなってきたので病院へ行った。
세브란스병원(セブランスビョンウォン:セブランス病院)
http://www.yuhs.or.kr/jp/
どこの病院へ行ったらよいのかわからなかったので、とりあえず大学の中にある延世の病院へいってみた。受け付けて日本語の通訳の方について頂いた。保険がないため1回の診察と薬で10万以上したが、全て通訳して頂けるし、大した病気ではなかったのでよかった。黄砂のじきのあって咳がでたのだろうということだった。海外保険は1年間で10万円ほどするのでそれを考えたら安かったけれど、何かある時のための保険入っておけばよかったと反省した。
薬は、500mlもする巨大な茶色いビンで、初めて見るものだったが甘くておいしかった。飲むとすぐにきいて治ったのでこれまたびっくりだった。病気になると心も弱くなるのでコシテルのおばさんが温かいおかゆをもってきてくれたり、他のコシテル仲間もよくしてくれて本当に感謝でいっぱいだ。

안녕 여로분
おとといから咳が止まらない。病気になると思ってなかったし、カードの保険があるから帰国したら清算すればいいと甘い考えだった。
肺炎みたいで 寝れないし、苦しいし、胸がすごく痛くなってきたので病院へ行った。
세브란스병원(セブランスビョンウォン:セブランス病院)
http://www.yuhs.or.kr/jp/
どこの病院へ行ったらよいのかわからなかったので、とりあえず大学の中にある延世の病院へいってみた。受け付けて日本語の通訳の方について頂いた。保険がないため1回の診察と薬で10万以上したが、全て通訳して頂けるし、大した病気ではなかったのでよかった。黄砂のじきのあって咳がでたのだろうということだった。海外保険は1年間で10万円ほどするのでそれを考えたら安かったけれど、何かある時のための保険入っておけばよかったと反省した。
薬は、500mlもする巨大な茶色いビンで、初めて見るものだったが甘くておいしかった。飲むとすぐにきいて治ったのでこれまたびっくりだった。病気になると心も弱くなるのでコシテルのおばさんが温かいおかゆをもってきてくれたり、他のコシテル仲間もよくしてくれて本当に感謝でいっぱいだ。

내한국
안녕 여로분
海外にいるとどうやっても自分の力では無力な時がしばしばやってくる。大抵の事は我慢できたとしても、飛行機の都合上、今すぐ日本に帰ることができなかったりする。確かにお金があればどんな手段でも使ってなんとかできる可能性はある。また運がよければ最終便に間に合うかもしれない。
友達のお母様が今危篤ですごく心配なのだ。
大学時代から、縁があり仲良くしている彼女とは歴史が深い。
http://ameblo.jp/comodarc/entry-12097142662.html
ソウルの仁川でもブラックリストに記載があり、搭乗できないからって帰れないかもって喧嘩しても、社会人になってからもお互いの相談をし合える関係になり、今となっては彼女がいないと心に穴が開きそうなくらいの存在だ。今すごく一緒にいたいのに、いられない。 勿論私今すぐ帰ればいいけど、学校の試験があって、私が2年もかけてやりたかったことだから申し訳ないが、今は行けない。
彼女はお母様が病気だとわかると、姉妹で方々の温泉地へでかけ可能な限り一緒の時間をつくり、旦那さんと新しい一戸建てを購入し暮らした。船上の結婚式も思い出深い。そこでは私が登場し韓国の歌手BUZZの은인(ウンニン:恩人)という歌を披露した。私が思い出せるお母様の顔は今でも溌剌とされていて笑顔だった。

飛行機から見た夕日が沈むところ。
안녕 여로분
海外にいるとどうやっても自分の力では無力な時がしばしばやってくる。大抵の事は我慢できたとしても、飛行機の都合上、今すぐ日本に帰ることができなかったりする。確かにお金があればどんな手段でも使ってなんとかできる可能性はある。また運がよければ最終便に間に合うかもしれない。
友達のお母様が今危篤ですごく心配なのだ。
大学時代から、縁があり仲良くしている彼女とは歴史が深い。
http://ameblo.jp/comodarc/entry-12097142662.html
ソウルの仁川でもブラックリストに記載があり、搭乗できないからって帰れないかもって喧嘩しても、社会人になってからもお互いの相談をし合える関係になり、今となっては彼女がいないと心に穴が開きそうなくらいの存在だ。今すごく一緒にいたいのに、いられない。 勿論私今すぐ帰ればいいけど、学校の試験があって、私が2年もかけてやりたかったことだから申し訳ないが、今は行けない。
彼女はお母様が病気だとわかると、姉妹で方々の温泉地へでかけ可能な限り一緒の時間をつくり、旦那さんと新しい一戸建てを購入し暮らした。船上の結婚式も思い出深い。そこでは私が登場し韓国の歌手BUZZの은인(ウンニン:恩人)という歌を披露した。私が思い出せるお母様の顔は今でも溌剌とされていて笑顔だった。

飛行機から見た夕日が沈むところ。