ワーホリ韓国 내한국 「旧正月のソウルを乗り切る」 | 내한국 私の大好きな韓国☆

내한국 私の大好きな韓国☆

2010/12-2011/11まで韓国でワーキングホリデーを体験し振り返ってみる思い出日記で、3か月の語学堂終了後就職した怒涛の1年間。自分の記憶断捨離のため始めたblogでもある、今だからこそ落ち着いた第三者目線で見れる私が愛した韓国を綴る。

내한국
안녕 여로분!

板門店での話をもう少し。
いくつか観光客が回れるところをバスで案内してくれる。降りて歩くのは寒すぎだ。カメラを向けられる場所も銃口に間違われるため限られ、観光気分で行くには緊張するところだった。しかし日本の8人くらいのおじさま達は説明時間いびきをかき、列を乱すなと言われたそばから外れる始末。とても恥ずかしかった。これもツアーならではの洗礼だ。

トラ展望台では日本語を話せる軍人の方がいて色々と説明をしてくれたが、遠くて聞こえなかったのか?かっこよすぎて顔しか見えてなかったのかわからなかったが、母国の言葉を覚えてくれているという嬉しさだけはいまでも忘れられない。

ソウルに戻って、お買い物もできないなか何をしたか?
姉の友人が中国留学の時に知り合った韓国の方を紹介してもらっていたおかげで、おいしい焼肉と参鶏湯を食べることができただけではなく、右も左もわからないので車で送り迎えをしてもらい、なんとグランドハイアットのclubに連れて行ってもらい、踊りまくり、バーテンダーにカードを預けてくれたので飲みまくることもできた。なんとひどい女だろう。このclubのジュースは2,3000円する。とても高いお店だが悪い女だから仕方ないと知ってもらうことにする!

その悪行のせいか?友人は私と違いいい人だが、帰国の便で友人は税関で同姓同名がブラックリストに載っているということで、足止めになる。チェックインカウンターでツアーの担当者を呼んでくれと言われ待つこと1時間?彼女のせいで帰れないと本気の喧嘩になる。本当はそんなこと言いたいわけじゃなかったはずなのに、泣きまくる彼女、やっと出国ぎりぎりで許可が下りる。急がなきゃいけないし、免税を取りに行くため私は荷物カートに乗って彼女が走る。きっと最後の搭乗者になったようでみんなの視線が冷たかったが、なんとか初めての韓国を終えることができ私は胸がいっぱいだった。いっぱいといえば涙をためていた彼女に本当に謝りたいと思う。

最後にもうひとつ、韓国に降り立ったとき、ツアーバスで移動だった。感じたことのない痛い寒空、バスで移動できるのはなんとありがたいとだが、臭い。友人がおならをしたにちがいないと思い込み、ちょっと窓あけてくれる!?とお願いする。してないといわれたが信じがたいにおいがした。あれはキムチの香だな。これも今なら許してくれるとおもうが、謝りたい。本当に申し訳なかった。


写真* 当時の頃の写真。クラブに行った時のたのしい私。スミマセンㅠㅠ