鬼頭工業 30年の歩み 175昭和37年(1962年)12月以降も、設備投資の勢いは衰えることを知らず、昭和43年(1968年)6月の細谷工場完成まで、9年10ヶ月に達する広路時代の設備投資累計額は、1億8,817万円にも達した。鬼頭工業株式会社|KITO MAC|
鬼頭工業 30年の歩み 174ともあれ、移転当時、150坪(495平方㍍)ほどにすぎな かった工場と事務所の延床面積は、わずか7年後に2,803坪(9,300平方㍍)と、18.7倍にもふくれあがっていた。鬼頭工業株式会社|KITO MAC|
鬼頭工業 30年の歩み 173当初、3.3平方㍍当たり2,000円だった土地代は、豊田市勢の工業都市化を背景に高騰、引き続きの買い増し交渉は断念せざるをなかった。3.3平方㍍当たり25,000円を突破していた。鬼頭工業株式会社|KITO MAC|
鬼頭工業 30年の歩み 172このため、昭和38年2月、隣接地の十塚町で450坪(1,485平方㍍)を買い増して、6月には鉄骨スレート2階建て事務所延べ303坪(約1,000平方㍍)と機械工場を増設。昭和40年に入ると、1月、3月そして5月の3回に分けて十塚町、松ヶ枝町地内、1,340坪(4,422平方㍍)を取得、10月には生産の合理化を目的に、機械工場と仕上工場を増設、さらに昭和41年4月、十塚町で294坪(970.2平方㍍)を買い増し、翌昭和42年8月に仕上工場2棟を完成した。鬼頭工業株式会社|KITO MAC|
鬼頭工業 30年の歩み 171こうした仕事量の増加と共に、発注内容も高度化、社長は技術スタッフの強化と、加工設備の充実のためにはカネに糸目をつけなかった。テーブル長さ8尺の大型プレーナー、高速精密旋盤、大型フライス盤など昭和34年12月から昭和37年11月までの3年間に、新鋭工作機械29台、金属加工、鍛圧機械4台など合わせて1億651万円もの設備が導入された。工場敷地内にあった社長宅の移転とこれに伴う工場の増改築が進んだが、すっかり手狭になっていた。鬼頭工業株式会社|KITO MAC|