この実績が認められ、造船不況のまっただ中、ならさき造船株式会社の設計技術者が当社に長期滞在、愛知製鋼株式会社向けの製鋼プラントの一部を当社で生産した。ともあれこれが縁となって、当社は搬送装置のメーカーとしての基盤を築きあげることになった。


鬼頭工業株式会社|KITO MAC|
さっそく、技術部から5名が選抜され、6ヵ月間の設計研修のため大阪へ派遣された。設計技術者の社外研修実績としては、トヨタ自工とクカ社があるが、新日本工機での経験も新たな刺激となり、設計技術のレベルアップにつながった。


鬼頭工業株式会社|KITO MAC|
オイルショック後、先ず新日本工機株式会社の製鉄プラントにアタックする方針を打ち出し、同社の快諾を得た。同社のPJ型立中ぐり盤、NC装置付立中ぐり盤のそれぞれ第1号機を導入したのが縁で、営業担当者がよく来社、一時期、製鉄プラントの外注工場をさがしていたことを思い出したのがきっかけだった。


鬼頭工業株式会社|KITO MAC|