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若年性認知症と母

バリバリのキャリアウーマンだった母が、前頭側頭変性症という認知症になりました。病状はゆるりと、確実に進みます。日々感じたことなどを書き綴ります。

t祖母が亡くなってから、家事と育児と母や祖父の世話で、実家にいると相当疲れるようになった。


以前は祖父の入浴に付き添っていたが、祖父は介護ヘルパーに来てもらい入浴サービスを受ける。



洗濯も、干すのをやめ乾燥まで洗濯機に任せる。食事も昼は弁当の宅配。


なるべく食洗機を使う。


掃除も、母がホウキを使うと色々と問題が出るので、ダイソンのハンドクリーナーを使い手軽に済ます。




使えるものは使い、多少お金がかかっても家事を効率的にしようと、父の案。




私は、母と祖父の食事の配膳、五歳と二歳の子供の食事の準備や食べさせたりしていると食欲がなくなってきてしまう。

母は目の前に置いてあげれば食べるのだが、席につくまで何回も促す必要がある。
ご飯だけ最後まで食べていなかったり、おかずを一人占めのようにばっかり食べをしたり、少し世話を焼かないとスムーズに終わらない。隣にいる二歳の子の食事を食べようとしてしまう時もあるが、違うよ、といえばゴメンごめん、と気がつく。



洗い物は母がして、それを誰かが食洗機に入れるのだが、母はフォーク一本に時間をかけてあらったり、おひつはベタベタのままだったり、洗い方にむらがある。

でも、出来ることはしてもらおうと思い、めちゃくちゃでもいいや、と洗ってもらっている。

手続き記憶というのだが、以前よくやっていた動作は身体が覚えているようにさっさと出来ることもある。


看護師だった母は、洗い終わった箸を渡す時に、ドクターにメスを渡すかのようなキレのある渡し方をしてくる。



洗濯機、掃除機、食洗機。機械の使い方がわからない母は家事の幅が狭くなった。


でも洗濯物を畳むことは好きなようで、見つけたらすぐに畳んでくれる。


そしてあちこちに置いていったり、子供のものを持っていったりする。


子供がお茶ください、と言うと必ず熱い急須のお茶を注ごうとする。


喋ることが何ら問題なくできるだけに、ちぐはぐな母の行動に子供が怒ってしまうこともある。




ちょっとしたことを頼める人がいない。



私には相当負担だ。おばあちゃんがいてくれたら、ついそう思ってしまう。




母は認知ができないのだから、仕方ない、それでもよくガンバってくれている。



ありがとうお母さん、そう思うことが大切なんだ。




母と向き合うことは、私を成長させてくれる。



だけど、身体が…。なんか左の手足が痺れるようになった。



私は、大丈夫なのだろうか。




痺れは日に日にひどくなり、怖くなり受診する。




神経内科で精密検査。以上所見なく、どうも自律神経の問題であった。



ストレス、溜まっていたんだな。