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若年性認知症と母

バリバリのキャリアウーマンだった母が、前頭側頭変性症という認知症になりました。病状はゆるりと、確実に進みます。日々感じたことなどを書き綴ります。

母は、色んなことが出来なくなったとはいえ、会話はできていた。


おばあちゃんが亡くなり、迷惑をかけて申し訳なく思っていたこと、もっとしてあげたかったこと、でも、前向きに生きなければならないこと。

本当に「まとも」な会話をする。


ついさっきのことは忘れても、心にのこったことは忘れていない。



誰が誰で、どんな生活を送っている人かも覚えている。



私にも、諭すようにありがたい言葉を的確にくれる。



子供の心も汲んで、なぜそう言ったのか、考えて対応してくれる。



私にとっては子育ての先輩であり、優しい心の母は見習うべき人。



母が言った言葉で救われることも多かった。



こんな風になっても、やはり母がかけてくれる言葉には大きな力があり、母の存在があるだけでいい。時々そう思う。




二週間前まで、そう感じていた。





なのに、昨日来てから、母が意味不明な会話をする。




カバンどんなの使ってる?おばあちゃんなくなったでしょ。どうする?っていってたの、六人も七人もいたら困るよねって。


「は?えっ?」


今までの会話にはない、作話のようなまとまりのない会話。



聞きなおすと、取り繕うようにいいの、いいの。と言う。




よく考えててみたら、先週も少し変なこと言っていたな…。




認知症の進行度合いが速いのではないか。




薬は、先日の診察で増量、追加にメマリーが出ている。





正直、この意味不明な会話には聞いてて時間の無駄、という感覚がつきまとう。


忙しい中、手をとめて聞いていてもさっぱり要領を得ない会話。



うんうん、と優しくしてあげるべきなのだろうが、今までまともな会話をしていただけに急に扱いを変えれず「なんやそれ」とツッコミ口調になってしまう。




母がついに壊れだした。




会話ができなくなるということ、コミュニケーションが普通にとれないこと。




大きなものが失われようとしている。






私にとって、心に響く言葉をかけてくれていた母がいなくなろうとしている。