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若年性認知症と母

バリバリのキャリアウーマンだった母が、前頭側頭変性症という認知症になりました。病状はゆるりと、確実に進みます。日々感じたことなどを書き綴ります。

うちは、父が延長雇用で働いているため、平日は無職の兄が母と祖父を見てくれている。



兄は、ずっと無職だ。世間で言う、ニートだ。



しかし、祖母が亡くなり、今までとは真逆の家事をする側になった。



昼は宅配のお弁当が来るのだが、盛り付けないと祖父は口にしない為、盛り付けたり、ご飯をよそうくらいのことは必要になる。


母はお弁当が来ることを忘れてしまう為、自分で何かを作ろうとしてみたり、近所の商店に惣菜を買いに行く。

何度言っても忘れる母。台所は無駄に散らかり、食べれない料理のようなものが置いてある。


そんな母の行動が、兄を苛立たせていた。






兄は、祖母に過保護に育てられ、母との関係を築けぬまま育ってきた。



母との関係は未だに築けていない。



お母さんといると、気が狂いそうになる。



兄が漏らす言葉。





わからなくもない。






母も兄のことを諦めている。

あの子は私のことが憎いんだわ。と愛情を求めていた兄に気づかないふりをした。





祖母に負けて、弱腰になり現実逃避をして、兄と向き合わなかった両親。


両親は自分のことを愛してくれていないと、すぐに心を閉ざす兄。





家族の問題は、誰かが変われば何かが必ず変わるもの。そう聞いたことがある。

私は何度も母に言った。母親が子供を見放してはいけないと。

母なりに兄に声をかけていた時期もあった。



兄もありがとう、と言うようになった時期もあった。



激しくぶつかって本音を言い合えた時もあった。





でも、これから関係は平行線なのかと感じる。





兄は母に、


違う!
そうじゃない!

よく叱責している。




母は無表情で、ごめんなさい…と去っていく。





必要以上関わろうとしない親子。




本当に関わりは必要じゃないのか。



毎日同じ屋根の下にいても、埋められない溝。





このまま、母の症状が進めばもっと埋められないのに…。





家族の問題が、重ねられていく。