若年性認知症と母 -12ページ目

若年性認知症と母

バリバリのキャリアウーマンだった母が、前頭側頭変性症という認知症になりました。病状はゆるりと、確実に進みます。日々感じたことなどを書き綴ります。

兄は、母に優しくできないという。

小学校の時以来、母子の関係はあってないようなもの。



母に言われた言葉を一つ一つ覚えている。


医者になれ、答えをみるな、なんでもっといい高校に入れなかったんだ、


兄はそんな言葉が胸にささり、今だにトゲとなり母に対して優しくできない。



私からみると、母はあっけらかんとした優しい性格の人。多分軽い気持ちで言ったのではないかと思う。兄は長男としてのプレッシャーを感じていた。
そして期待に応えれなかった自分を責め、自分を守る為に母を憎んでいる。


母は私の息子にも、医者になったら?とよく言っていた。
看護師がゆえ、医者がいいと思っているだけだ。


兄は些細なことを深く根に持つタイプで、幼少期に両親が当たり前の関わりをしてくれなかったと、今だに成長できないでいる。



社会に出ても、対人関係で挫折するのは母子の関係に起因していると、心理学ではいう。


社会人としての経験も一年たらず、


故に考え方も狭く、自分本位だと思う。





最近では外に出る機会も多くなっていた。
うちの父と気まずい為、父親のような存在感のある人を兄は慕う傾向にある。



兄は頭では許さなければいけないとわかっていると言う。

母を、怒りに溢れる自分自身を。




でも行動できない。



母はお茶を飲みに台所にやって来るが、入れ方がわからず白湯を飲んでいることがある。

台所に母が来たらお茶を差し出すことから始めてみて、と頼んだ。


できない。とのこと。



おはよう、ありがとう、の言葉も言えない。



いつまでも背を向けあっていたら、
結局何も変わらない。



今からだって築ける関係はある。




自分がまず過去を取り払って、殻からでなきゃ。




子供に背を向けられたら大人の方からはアクションを起こしにくいんじゃないか。



来年も母が同じ家で同じ生活ができている保証はない。



そして兄が家にいる時間、社会と、隔絶されている時間、何かを失っていることだと




兄に私の思いを伝えた。






みんな自分勝手だと思う。








誰かが何とかしてくれるわけじゃない。






向き合うことってそんなに恐いのか。





私にはわからない。






どうすれば良いのか。




私はそろそろ自宅へ戻る。





こんな家にもう来たくないという思いと、母が不憫で心配、兄に同情する思い、色々交錯する。