1972年札幌五輪のスキージャンプのノーマルヒルで、日本の笠谷、金野、青地が金、銀、銅のメダルを独占した。この時の試合の模様は、僕はリアルタイムで見ていた。そして当時「日の丸飛行隊」という文字が新聞紙上をにぎわした。その後日本ジャンプ陣は、1980年レークプラシッド五輪ノーマルヒルで八木が銀、1998年長野五輪ノーマルヒルで、船木が銀、ラージヒルで船木が金,

原田が銅メダルを獲得した。またラージヒル団体戦では、1994年リレハンメル五輪で西方、岡部、葛西、原田が銀メダル、1998年の長野五輪で、岡部、斎藤、原田、船木が金メダルを獲得している。長野五輪の後、強すぎる日本に不利になるようなジャンプ競技のルール改正があったようで、日本のジャンプ陣は苦戦をするが、今回のソチ五輪で、久々に「日の丸飛行隊」が復活した。まず個人ラージヒル戦で葛西が銀メダルを獲得した。この時、2回目の葛西の試技の後、銀以上のメダル獲得を確信した清水、竹内、伊東が葛西に駆けよって抱き合って祝福していたシーンは、日本のジャンプ陣の互いの信頼感とチームワークの良さを感じさせ、僕にとって忘れられないものとなっている。そして ラージヒル団体戦で、「日の丸飛行隊」はみごと銅メダルを獲得した。オリンピックで金メダルを獲得することに執念を燃やし、技術を磨き肉体を鍛練し続けてきた「レジェンド」葛西(41歳)を中心として、挫折や病気、怪我を乗り換えて戦った清水、竹内、伊東がそれぞれ最高のジャンプを見せてくれた。リアルタイムで見ていたので、本当に感動した。

フリーで世界を感動させる演技をしたが、ショートで失敗した浅田真央、実力が発揮できなかった高橋大輔、二人はメダルが獲得できなかった。しかしその無念を羽生結弦が晴らしてくれたのではないだろうか。僕は昨シーズンの羽生の演技をみていて、彼はいずれ世界のフィギュア・スケート界の頂点に立つだろうと思っていた。ただ、こんなに速くそれが実現するとは思わなかった。彼のしなやかで均整のとれた体型、高いスケートの技術、豊かな表現力、ビールマン・スピンやイナバウアーに象徴される柔軟性、甘いマスク、インタビューに対する的確な受け答え、被災地を思いやる優しさ、など、彼にはスターとなる資質が備わっている(少しほめすぎかもしれないが)。今後彼は、浅田真央、鈴木明子、高橋大輔以後の日本のフィギュア・スケート陣を引っ張っていってくれるだろう。


ソチオリンピックで、浅田真央がラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」をバックに、フィギュアスケートのフリーを演じた。僕は翌日の仕事の事もあり、また怖くてリアルタイムではその演技を見る事ができなかった。そしてテレビの報道で成功したことを知った。色んな番組で彼女のフリーの演技を取り上げていたので、ビデオに取って何度も繰り返し見た。本当に素晴らしく感動した。またその時、フリーの振り付けがタラソワさんであることを知った。僕はなるほどそうだったのかと思った。バンクーバーオリンピックの「仮面舞踏会」のタラソワさんの芸術性の高い振り付けが好きであった。また今回の演技で、ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」を再認識することができた。昔父親が買って帰ったレコードにこの曲が入っていてよく聞いていた。浅田真央の演技は、僕も気付かなかったこの曲のドラマティックな部分をよく引き出してくれた。