僕はそういうのが好きなんだ、その方が自由って感じがする
久しぶりに一気読みしてしまいそうになる、読む手が止まらない。ページをめくる度に鼓動が高鳴る、先の展開が気になってしょうがない、もはや仕事も手につかなくなっていた。
僕はいま、仕事の合間にパントリーでこの本を読んでいる。開式まであと3時間、1時間前にはロビーに立っていなくてはならないから、実質残り時間は2時間という事になる。
いつのまにか第七章まで読み進めていた。朝に読み始めてからなので、今日は割と時間が空いている方だと思う。今の仕事は待ち時間が長い、待つ事も仕事のうちだと先輩から聞かされていた。待つことに慣れている僕にとって環境的にはワルくない。
読書をする時間がある…それは今日までこの仕事を続けている理由の一つだ。

わたしのために勝ってー
チームは勝つかもしれないけど、僕は勝てない。アシストである僕が勝つ日は永遠に来ない。ぼくの心の一部はあの日から動くことを止めている。
ロードレースには、エースとアシストという役割分担がある。アシストはチームのエースを勝たせるために走る、たとえ自分の順位を下げる事になっても。この世界ならば、肩の重しを振り払って走ることができる、僕はそう思ったんだ。
アタックを仕掛ける南信州—
集団から飛び出して先行して走り、死ぬ気で逃げてレースをかき回す。不意にまいこむ海外チームへのスカウトの話、勝利への渇望と駆け引き、そしてレースの魔物と予想外の大金星。
観客の声援が飛び込んできた。それに酔わなかったと言ったら嘘になる。ただ走ること、それだけしか考えない。全てが遠い世界の出来事みたいだ。
富士山岳でのタイムトライアル—
風の力も慣性の力も借りずに自力でペダルを踏んで上る、重力という最大の敵に挑み続ける。三年前に起きたクラッシュ事故、絶対的エースの存在、リーダージャージマジックと募る葛藤。
どうやったってエースに敵うわけはない、僕にはそれほどの力はない。胸を張って勝ちにいくと言い切ることも出来ず、アシストに徹することもできない自分が惨めだと思った。
自分の走りを確信する伊豆クライム—
僕は汗みずくになりながら笑った。そうだ、僕はずっとこんなふうに走りたかったんだ。自分の勝利ではなくだれかのために走ること。それはどこか自由の匂いがした。
インターバルとしてはさまれる主人公・白石誓の元恋人・初野香乃のエピソード。彼女はウィルチェアラクビーの取材にきていた。そこで袴田という元ロードレーサーと出会う。このつながりが青春小説とサスペンスの融合と称される見事な伏線を演出している一旦である。
そして舞台は、惨劇と喪失のリエージュ・ルクセンブルクに移る。
チームの絶対的エース伊庭への不信感をミスリードとし、元恋人との再会と苦い痛み、突き止めた事故の原因と辿り着いた真実。
自分の勝利は求めずにエースのために尽力する、犠牲(サクリファイス)こそが至上の使命であるアシストという役割に…僕は最後に潔く深く感銘を受ける。
開式まで1時間を切ったのだが、読む手はまだ止まりそうにない。でもいい加減そろそろ仕事に戻ろうと思う、続きはまた今度。

P.S. これから本書を読む人たちへ
参考までに以下のアニメ映画を見てからこの本を読むことをお薦めする。ロードレースの臨場感がより高まって読み進められると思う。
ただレースの描写やカメラ位置の使い方、スピードの表現こそ素晴らしいが、内容的にはイマイチなので、過度に期待せずに。
アンダルシアの夏
スーツケースの渡り鳥
続編「エデン」にも期待を寄せるアシスト役より