死神の精度 | My favorite is …

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好きな音楽や本、映画に出逢った時、そこに関わるエピソードが必ずあります。

人間は時間的存在である。

それゆえに、過去の断片化した記憶を綴り、書き記していこうと思います。






死神はミュージックをこよなく愛し、渋滞を最も嫌う





人の死には意味がなく、価値もない。逆に考えれば、誰の死も等価値だということになる。

だから私はどの人間がいつ死のうが関係がなかった。それにも関わらず私は今日も人の死を見定めるためにわざわざ出向いている。

なぜか?仕事だからだ。





彼女はうなだれて、生気のない目で私を眺め、力なく微笑むと「死にたいくらいですよ」と言った。声を上げそうになる。君の願いは叶う。


私たちが担当する相手は、促したわけでもないのに死の話を口にすることが多い。鬱蒼とした薮の中からさらなる暗黒を覗き込むような顔で、ぽつぽつと話をしてくる。

死神は人間に死の予感を与える。





以前観た映画のなかで「天使は図書館に集まる」と描かれていた。なるほど、彼等は図書館なのか、と感心した。私たちはCDショップだ。

私は人間の死には興味がないが、人間が死に絶えてミュージックがなくなってしまうことだけは、つらい。



最近、雨が多いですね。
俺が、仕事をするといつも降るんだ。




これから切ろうとしている髪の毛のセットをするのと同じだ。いずれ切られることに変わりはないのだから、何をしようと意味がない。

床屋が髪の毛を救わないように、私は彼女を救わない。





もし万が一、あのプロデューサーの直感が正しくて、彼女が優れた歌手になることに成功したとして、そしていつか私が訪れたCDショップの試聴機で彼女の曲を聴くときがきたら…


裏か表か、それで決めようと思った。
「可」にすべきか「見送り」にすべきかを。














たとえば、自分と相手が同じことを考えたり、
同じことを口走ったりするのって、幸せじゃないですか。



滅多に高級なブランドの洋服を買う機会はないらしくて『今、頑張って決断しますから、遠くから見守っていて下さい』とか言うんですよね。そのときに、いいな、って思ったんですよ。



誤りと嘘に大した違いはない。
微妙な嘘というのは、ほとんど誤りに近い。



このジャケット、バーゲンで初日に行ったら除外品だったんですけど、店員さんが最終日には値が下がっているかもしれませんよって教えてくれたんです。



「それは幸運だったな」
私は無感情にいいながら、真相を想像する。それが彼の言っていた「嘘」の正体か。なるほど、誤りに近い。





それは何の曲が入っているんだ?

バッハの…無伴奏チェロ組曲です。優雅で切なくて、不思議な感じがします。

「そよ風とも嵐ともつかない感じ?」
萩原もそう言っていたよ。











「人間じゃないでしょ」
老女に言われて私は「ほお」と感心の声をあげた。

なんだか、馴染み深いなあ、って思って。死の予感っていうの。
もしかしたら、私の周りで人が死ぬ時にはね、たいてい、あんたみたいなのが現れていたような気がするし。






客を連れてきてくれない?

十代後半で四人くらい。できれば男の子と女の子、どっちも来るように。
しかも、これが一番重要なんだけど、明後日に来てくれないと駄目だから。






流れてきたのは、ゆったりとした透明感のある女性の声だった。輪郭がくっきりとしていて、美しく、そして力強い。

ドラムとベースの響きが加わると、この歌い手が地面を飛び跳ねながら、歌を空に叩きつけるような、躍動感が加わった。


「どこかで見たことがある顔だと思ったら、会ったことのある女だった」
「あんたが会った相手は死んじゃうんじゃないの?」





若い子が着ると様になるね。これ、私が何十年も前に着ていたやつなの。流行って繰り返すんだね。今またこういうのが人気があるみたいで。

いいでしょ。ヴィンテージっていうの?
丈も短いから、今のファッションに合ってるの。

「気に入ってたやつだから。もらってくれれば嬉しいって、逆に」老女はうなずき、手を伸ばし、そのジャケットを触る。





「じっと眺めていると、こっちが溶け込んでいきそうだ」私は広漠たる青にうっとりしてしまう。

深くも浅くも見える、際限なく広がるこの青空と、目の前を揺らぐ海が混ぜこぜになり、自分自身を飲み込んでくるような迫力を感じた。遠近感がない。

私は立ち尽くして、空を受け止めるように目を瞑る。


なるほど。
人間というのは、眩しい時と笑う時に、似た表情になるんだな。















P.S. 死神の浮力へ寄せて

8年振りに帰ってきてくれました!
奇妙で、クールで、どこかとぼけた死神・千葉の物語。

僕は、きっと今日のような雨の日に読むだろう。
ありがとう、伊坂先生!!


大いに期待を寄せるとぼけた読者より