現代短歌というものに初めて触れたのが、「もう頬づえをついてもいいですか?」を読んだ時だった。
ブログに丁寧にコメントしてくれる方から紹介してもらった短歌集である。
それまでの私にとって短歌や俳句というのは、昔の人が昔の言葉で詠うものでしかなかった。
松尾芭蕉や石川啄木、与謝野晶子といったぐらいしか思い浮かばない位に。
現代にも歌人はいて、歌を詠んでいる。
よく考えれば当り前の事なのだが、現代の言葉で歌を詠むという事に妙な新鮮さとポップな雰囲気を感じた。
そうして著者の枡野浩一さんに興味を持ち、詠み始めたのが表題作である。
ただ、小説としては正直微妙。
吉祥寺を舞台に男二人の視点で描かれる日常を淡々と綴り、なんだかまとまりのない一冊だった。
- 手に取った まとまりない本 読み終わり
- 気にせず語ろう ふところ深く
特に大きな展開もなく、中途半端な感じで本書は終わってしまう。
それでも、本の中で詠まれる短歌になんだか心を奪われてしまったのも、また事実である。
作中の短歌を幾つか紹介していこう。
- 遠くから 手を振ったんだ 笑ったんだ
- 涙に色が なくてよかった
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作中で短歌結社「ばれん」を退会した女性が最後に送った歌。なんだか物悲しくて切なくて印象に残る歌だった。
- 無理してる 自分の無理も 自分だと
- 思う自分も 無理する自分
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元天才歌人がハタチの頃に発表した歌。
何というか自己嫌悪が無限にループして落ち込みそうな歌なのに妙に救いがある気がするかんじ。
- あきらめた 夢の一つも あるほうが
- 誰かに優しく なれる気がする
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作中で引退した歌人が別名義で発表した歌。夢をあきらめた私にとって心の琴線に触れるような、そんな歌だった。
- だいじょうぶ 急ぐ旅では ないのだし
- 急いでないし 旅でもないし
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作中で最後に綴られた歌。忙しい日々を送る人に読んで欲しいと思う。
人生は旅に例えられる事が往々にしてある。そんなに急ぐ旅でもないのだと言える人でありたい。
最近では通勤中の電車の中や仕事の合間など時間を持て余した時は短歌を考えるようになった。
ひまつぶしになるし、おかげで待ち時間に苛立つ事もなくなった。
上司の罵声や仕事のミスも、毎朝のラッシュもシャツがべとつく外の蒸し暑さも何にもない休日も不思議と落ち着く事ができる。
歌を考えるようになって、
そんな気さえする今日この頃。
名無し歌人 / 連作「今日も私は歌を詠む」
- 日常の 五月蝿い騒音 耳を閉じ
- 心のままに 歌を綴ろう
- 待ち時間 些細なことで 苛立たず
- 詠う事で 時間を埋めよう
- 詠むことは 祈ることに 似ていると
- 誰かが言った 私も言った




