すっかり暑くなってきた今日この頃。
照りつける太陽に夏の雰囲気を感じながら、汗をぬぐって満員電車に乗る。
冷房のきいた職場で、冷却ファンがうるさく音をたてるPCに向かい合う。
メールを読む、資料をまとめる、電話に出る、図面をひく、会議に出る、メールを返す。
すっかり辺りも暗くなった頃、外に出る。各駅停車の電車に乗って読みかけの本を読む、家に着いてビールを飲み一息つく。
そんな一日の終わりに窓を開けると、風に揺られてベランダに吊るした風鈴が鳴る。
-どうした、こんな時間に。
-逝ってしまったのではなかったのか。
--なに、風鈴の音に誘われてな。
-会いにきてくれたのだな。
--相変わらず、仕事ばかりしているな。
-今のところ、それしかないからな。
--そんな寂しい事を言うものではない。
--お前が思っているより、
--そちらの世界は幸福に満ちている。
-残念だが、これまでの人生において
-幸福など感じた事はない。
--本当にそうか?
--斜に構えるのもいい加減にしたらどうだ。
--1日の終わりに酒を飲む。
--それだけで十分幸せな事ではないか。
-そうか?
--うむ、そうなのだ。それではな。
-もう帰ってしまうのか。
--また来るよ。
--お前が寂しくなったのなら。
1年と3ヶ月前、私は何人かの知人を亡くしました。その中に幼稚園から高校まで付き合いの長かった彼が、話をしに来てくれた気がしたのはつい最近の事です。
そんな風に感じたのは、本書「家守綺譚」を読み終わってからでした。
購入してから随分経って読み始めた梨木香歩さんの小説は、実に余韻が残る本となりました。
犬のゴロー、長虫屋、拾った河童、狸の恩返し、庭の植物たち、小鬼との遭遇。
明治時代の田舎の一件屋と思われる庭つき池つき電燈つきの家屋で繰り広げられる怪異との伸びやかな交歓。
そんな本を読んでしまった後では、亡くなった友人と話す事など何ら不思議ではありません。
それ位の怪異なら、気休めに起こってもよいではありませんか。
P.S 我がクラスの元学級会長へ
今度、墓前に花でも添えに行こうと思う。1年も過ぎてからだと今更な気もするのだが。
俺の性格を知っているお前なら大目に見てくれるだろ。
物腰の重い元学習委員より
