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生涯資産を生みだす方程式

コミュニケーション・ラボ 代表
ビジネスモデル・プロデューサー 鈴木秀一郎 公式ブログ

有意義な人生を作るために必要な「生涯資産を生みだす方程式」をマスターするための情報や、日々の学び、気づきなどをシェアしていきます。

昨晩、ある勉強会で参加者の女性のひとりが、とても春らしいふんわりとしたパステルの
いでたちで登場して、周囲の注目の的でした。

みんな、春の予感に心が浮き立ったようです。
とは言え今日も雪。もう少し冬を味わい、楽しみに春を待つことにします。



さて、今日のトピックは「行動の動機』です。

NLP関係の本などを読むと、

「人間の行動の動機は2つしかない。それは『痛みを避ける』か『快楽を得る』である。」

というようなニュアンスのことが書いてあります。

確かに人間の行動の動機は、一次的には、物欲のように目に見える分かりやすいもののように
思えますが、実際はそれを得たときの感情が本当の目的だと言われます。

ですので、この「行動の2つの動機」は確かに本能に直結した動機であることは間違いないと
思われます。

しかし人間が「万物の霊長」とされるのは、本能だけでなく、理性を兼ね備えているところに
その価値があるからですね。

その観点から見ると、人間の行動の動機にはもうひとつ付け加える余地があることが分かります。

それは『人間の五段階欲求』という、有名なモデルを提唱したマズローが、晩年指摘していた、
6番目、つまり最も高次の欲求である『人の役に立つ』だと言われています。

30年ほど前に作られて、今でも名作と語り継がれる「てんびんの詩」という映画があります。

近江商人の後継者育成法を下敷きにして、人間理解がビジネスにいかに重要か、ということに
気づかされる内容です。

この映画でも、『人の役に立つ』ということがキーワードになっています。

欧米の心理学では語られなかった行動の動機が、日本では庶民の伝承になっている。
日本文化の奥深さを思い知らされます。
新雪15cmの朝を迎えました。

こんな朝は景色が全て美しく見えます。とても神々しい気持ちになれる一瞬です。

これも自然からの贈り物ですね。感謝して受け取ります。



さて、今日のトピックは「環境と習慣」です。

先日、二泊三日の出張を終えて帰宅してパソコンの起動ボタンを押しました。
ところがいつまで経ってもデスクトップが上がってこない。

嫌な予感が頭をよぎりました。
しばらく前から複数台あるHDDのどれかから異音がしていたのです。

いろいろと検証してみたところ、まさに本体のHDDが復旧不能状態になっていました。
異音を察知していたおかげで、システムごとバックアップをとっていたので、不幸中の幸いで
最悪の事態はまぬがれました。

しかし当然ながら、最低限HDDの交換は避けられません。
手元のiPadからネットに接続して、代替部品を探し、注文を入れました。
この時点で、やれることはみなやってしまったわけです。

ところがもちろん滞っている仕事があります。それに着手しなければならない。
気がついてみると仕事のデータの多くは、クラウドに格納してあり、そちらも大丈夫。

一番難物なのは、実はハードウェアの「環境と習慣」だったのです。
普段から使っているiPadとiPhoneで最低限必要な作業は可能なのですが、何よりの違いは
操作の手順です。

いつもなら「これをこうしたらこうなる」という、身についている流れに沿って、あまり
いちいち考えることもなく作業を進めるのですが、いつもと操作の段取りが違うので、
何か全てが億劫に感じてしまうのです。

能力の問題ではなく、むしろ慣れの問題。
こうしてブログを書いている時点で、少しずつ慣れてきてはいるのですが、あと数日後に
パソコンが復旧したら、きっとそちらに戻ってきます。

あるのが当たり前としていた環境で、身についた習慣によって成されているいろんなことが
わたくしの周りにはまだまだありそうです。

この機会にそれらを振り返って、よりひとつひとつの行動をていねいに出来たらいいなと
考えさせられる機会でした。
週間予報が全部雪の記号に覆われています。

まさに冬本番。朝晩の冷え込みはなかなかに厳しいものがあります。

しかしこれが過ぎれば春。あと3ヶ月もすれば桜の季節です。

春の気配を待ちながら、雪景色を楽しみたいと思います。



さて、今日のトピックは「人は去る」です。

先日、日頃から親しくしている友人のお父様が亡くなられました。
たくさんの方がお通夜にお見えになり、東京からも共通の友人がお弔いに来ました。

お通夜も終わり、東京の友人をホテルに送り届けて帰宅して1時間ほど立った頃、
先程ホテルに送り届けた友人から「母が救急搬送されたので明日、朝一番で帰る」と
電話がありました。

結局、そのお母様も翌日にはお亡くなりになり、立て続けに葬儀に出席することになりました。

数日して、亡くなられたお二人に、いくつかの共通点があることが分かりました。

まず、最後まで介護を受けずに済んだこと。トイレは最期まで自分で行かれ、痴呆とは全く縁が
なかった。お二人とも亡くなる前日まで新聞を読んで居られたそうです。
「呆けたくない、介護されたくない」という口癖も共通していたとか。
常に自分の意見をしっかり持って、それを家族や周囲の人に話していたそうです。
そしてたくさんの人のお世話をされていた。

どうやら人は、やはり自分の望んだこと、行い通りに人生を送るようです。
お二人の先達はそれをわたくしたちに伝えて、今生を終えて逝かれました。

これからはわたくし自身の人生を通して、それを検証して行こうと思います。

どれだけの人に関わり、どれだけ望んだ人生を実現出来るのか。精度を高められるのか。

でも今わたくしに本当に分かっていることは、「人はみな平等に老い、いつか去る」。

それだけです。