なんとなくスケジュールが立て込んでしまい、
一日置きに東京日帰り出張の今日この頃です。
本当はもっとのんびりしたいな…(^_^;)
さて、今日のトピックは、
「NPFTという立ち位置」
です。
明日は出版を希望している友人と出版プロデューサーをしている友人を
引き合わせるために、上京してきます。
そんなこんなで過去、人脈を繋いで4冊の出版に関わりました。
動機は単純です。
出版したい人、あるいはコンテンツがあるのに出版していない人と
出版したい人を探している人を繋ぐ。
ただそれだけ。
もちろん必ず出版できる、というわけではありませんが、今のところ
75%くらいの割合で実現しています。
どうして今までそれが実現してきたか、コツを知りたいですか?
今にして思えば、それは
「自分のキャッシュポイントを作らなかった」
からじゃないか、と思っています。
もしこれが最初から、自分のマージンを設定して話を持ちかけていたら
恐らく、これほど順調には行かなかった気がします。
現在も、出版以外でキャッシュポイントを設定せずに、自分で動いている
プロジェクトがあります。協力をお願いした方々には、全員から快く了承
いただきました。
今までこんなスタイルで様々なことに関わってきたのですが、どうやら
こういう立ち位置を
「NPFT」
というらしいです。
これは神田昌典さんから知った言葉で、
「ノン・プロフィット・フリーエージェント・チーム」
のことだそうです。つまり
「利益を目的とせず、組織にも所属しない人のチーム」
なんです。
現在、アメリカの労働人口の1/3~1/4はフリーエージェントとして
働いているそうで、どの組織にも所属せず、自宅にネットを引いて、
プロジェクト単位の仕事をしているそうです。
NPFTの強みは、何と言っても機動力と対応速度だと思います。
今なら、ソーシャルメディアに
「こういう案件で仕事したい人募集」
と書き込めば、(その人の状況にも寄りますが)おそらく数時間から
数日あれば、必要な人材が集まり、仕事をスタートすることができる
はずです。
しかしこれが大企業だったら、どれだけの時間と経費が必要になるか、
想像に難くありません。組織が大きくなれば、当然のこととして、多くの
コンセンサスが必要となり、フットワークは遅くなる。
事前にキャッシュポイントが見えない事業に投資する、ということも
大きくなれば、当然、やりづらくなってしまうでしょう。ところが他に
収入源を持っているNPFTなら、障壁は一切ありません。
自分自身がこのような状況で動いていて、恐らくこれからは、会社組織
出ないと出来ないこと以外は、NPFTが主流になる時代が近いのでは、と
実感している今日この頃です。
地元の気候が暖かくなったのを過信して、コートなしで上京したら、
雨の東京では、ほとんどの人が冬支度のまま、歩いていました。
やはり思い込みは禁物。事実を確かめなければいけませんね。
さて、今日のトピックは
「誓いを新たに」
です。
あの「3.11」から1年が経ちました。
直接的な被災をしたわけではないのにも関わらず、あのあとは
ひと月以上、何もかにもが恐ろしくて仕方ありませんでした。
今、覚えていることは、あのリアルタイムで観てしまった
津波がすべてを飲み込んでいく映像。
一晩中、街が燃え続けた気仙沼の様子。
数百km離れた、東京では無数の人たちが帰宅難民となり、
Twitterのタイムラインには、その人達とそれを助けようとする
無数のつぶやきが流れ続けていました。
そして何より恐ろしかったのは、直線距離で180kmしかない
福島第一原発事故の先行きがまったく不明だったこと。
特にプルトニウムを燃料としている3号機の状況。
被災者の方には、本当に申し訳ありませんが、とにかく
生まれてあれほど何もかにもが恐ろしいと感じたことは
なかった。身体が冷たくて仕方ない記憶だけが鮮明に残っています。
そして3月30日。
震災後、初めて上京して、節電でエスカレーターの止まっている
九段下駅の長い階段を昇り、靖国神社へ参拝しました。
そして英霊たちに「どうか力を貸してください」と祈りました。
その日は、確か桜の開花が報道されていましたが、東京も
まだまだ寒く、わずかな花がかすかに咲いているだけでした。
そしてその夜、廃墟のように薄暗い西新宿の地下通路を
怯えながら、迷いながら夜行バスに乗り、帰宅したものです。
あれから一年。
一時的な災害でなく、地球自体があと30年は続く活動期に
であることも知り、その前では出来ることは、防災の備えくらいで、
いざとなればそれが何ほどのものでないことも、分かっています。
身近には何も変わっていないようにも見えながら、すべてが変わり、
自然には、しょせん人の力は及ばぬということを嫌ほど痛感しました。
一日が一生であるかのように、「在り方」と「役割」に焦点を当てて
過ごす人達にたくさん出会うようになりました。。
実際には、さまざまな危機が、有り得ないほど今も存在しています。
そんな先の見えない、過激な変化の時代だからこそ、今ほど
ビジョンが重要なのだと強く感じているのです。
誰かや、何かと戦うのではなく、魂が高まるような
そんな選択をすることだけを心掛ける。
突き詰めると、自分にはそれしかないんだ、と。
そんな誓いを新たにした次第です。
帰るべき場所に戻った時に、安らかでいられるには。
雨の東京では、ほとんどの人が冬支度のまま、歩いていました。
やはり思い込みは禁物。事実を確かめなければいけませんね。
さて、今日のトピックは
「誓いを新たに」
です。
あの「3.11」から1年が経ちました。
直接的な被災をしたわけではないのにも関わらず、あのあとは
ひと月以上、何もかにもが恐ろしくて仕方ありませんでした。
今、覚えていることは、あのリアルタイムで観てしまった
津波がすべてを飲み込んでいく映像。
一晩中、街が燃え続けた気仙沼の様子。
数百km離れた、東京では無数の人たちが帰宅難民となり、
Twitterのタイムラインには、その人達とそれを助けようとする
無数のつぶやきが流れ続けていました。
そして何より恐ろしかったのは、直線距離で180kmしかない
福島第一原発事故の先行きがまったく不明だったこと。
特にプルトニウムを燃料としている3号機の状況。
被災者の方には、本当に申し訳ありませんが、とにかく
生まれてあれほど何もかにもが恐ろしいと感じたことは
なかった。身体が冷たくて仕方ない記憶だけが鮮明に残っています。
そして3月30日。
震災後、初めて上京して、節電でエスカレーターの止まっている
九段下駅の長い階段を昇り、靖国神社へ参拝しました。
そして英霊たちに「どうか力を貸してください」と祈りました。
その日は、確か桜の開花が報道されていましたが、東京も
まだまだ寒く、わずかな花がかすかに咲いているだけでした。
そしてその夜、廃墟のように薄暗い西新宿の地下通路を
怯えながら、迷いながら夜行バスに乗り、帰宅したものです。
あれから一年。
一時的な災害でなく、地球自体があと30年は続く活動期に
であることも知り、その前では出来ることは、防災の備えくらいで、
いざとなればそれが何ほどのものでないことも、分かっています。
身近には何も変わっていないようにも見えながら、すべてが変わり、
自然には、しょせん人の力は及ばぬということを嫌ほど痛感しました。
一日が一生であるかのように、「在り方」と「役割」に焦点を当てて
過ごす人達にたくさん出会うようになりました。。
実際には、さまざまな危機が、有り得ないほど今も存在しています。
そんな先の見えない、過激な変化の時代だからこそ、今ほど
ビジョンが重要なのだと強く感じているのです。
誰かや、何かと戦うのではなく、魂が高まるような
そんな選択をすることだけを心掛ける。
突き詰めると、自分にはそれしかないんだ、と。
そんな誓いを新たにした次第です。
帰るべき場所に戻った時に、安らかでいられるには。
3月になり、日の出が早くなってきたせいか、自然と少し早く目が
覚めるようになってきました。
啓蟄も過ぎて、ようやく春本番かな?
昨年の今頃より、なんだか少し暖かい気がしています。
震災の後は、すごく寒い朝が続いた気が…。
今年は出来るだけ、穏やかな春であって欲しいですね。
さて、今日のトピックは、
「共感が得られる伝え方」
です。
さて、「正義の反対は?」と聞かれたらあなたなら
なんと答えますか?
多くの人は「悪」と答えるかも知れません。
それももちろん答えのひとつだと思います。
しかしある人はこう言いました。
「正義の反対は、もうひとつの正義である」
確かにそうかも知れません。
正しさに正しさで対抗すれば、いずれ戦いになりかねません。
中東ではそれを2000年以上やっているわけですから。
「正しさは人の数だけ」
これは友人で、作家の野口嘉則さんから教えてもらった
わたくしの座右の銘のひとつとなっている言葉です。
今までどれだけこの言葉に救われたことか…。
またこういう言葉を教えてくれた人もいました。
「正しさではなく、楽しさで決める」
正しさを選ぶのでなく、楽しさで選ぶ、というのもアリですね。
そして「共感が得られる伝え方」とは、
「考えたことではなく、感じたことを伝えてみる」
ことではないのかな、と思っています。
理論理屈は反発を招きやすいですが、自分自身が心から
「あれは辛かった」
「胸が痛んだ」
「とても悲しかった」
という感情を表すことは、共感しやすいのではないかと思います。
もちろんこれも万能ではないですが。
あなたはどんな風にして、共感を得ていますか?