おはようございます。
今日もカーテンを開けたら、一面に青空が広がっていました。
これだけで、もう一日が救われたようなものです。
心軽く、良き日を過ごしたいものですね。
さて、今日のトピックは「時間とは」です。
全くの我流ではありますが、時間に余裕を見つけては「瞑想」をしています。
始めたのは大学生の頃。あの頃は時間だけは無限(?)にありました。
そして今から比べれば、知識も経験も少なかったので、割合と短時間で深い意識に
辿りつけていました。
今は雑念が増えた分だけ、なかなか白紙の状態にはなれないのですが、体のことを忘れて、
意識に集中することで得られるインスピレーションは貴重なものです。
今朝も小一時間、時間が取れたので「意識の旅」に出てみました。
時間の経過とともに、肉体の感覚が弱まってきて、意識そのものが存在であるような感覚に
入っていきます。
空間に白い光の小さな玉のようなものが現れて、その光は徐々に眩しさを増していきます。
そのころになると文字でもなく、声でもないメッセージがわたくしに伝わってきます。
それはいつも、
「愛しています。」
という言葉です。
わたくし自身がわたくしに掛けている言葉なのか、それとも誰かがわたくしに伝えてくれているのか。
いつも同じ言葉を感じるのです。
その言葉に、元気づけられた気がしたあと、ふとインスピレーションが降りてきました。
それは、
「人生とは、時間を何に使うかということ」
というフレーズです。
人として生まれるということは、全員共通の「時間」という制限の中で生きることになります。
確かに考えて見れば、何に時間を使うかで人生が創り上げられていくのは間違いありません。
しかし、その時間にどれだけの意識を持って臨んでいるのか、と問われると、自信を持って返答する
ことがなかなかできない自分を感じました。
すなわち
「人生は、時間に対する意思によって定まるもの」
なのでしょう。今日という時間を使って、何を定めるのか。
自分はどんな意識を持って、今日という時間を過ごすのか。
それを大切にする人がひとりでも増えてくれることを祈ります。