今日は暖かな休日でした。
17時過ぎに見た、車の外気温計が15℃を差していました。
11月も半ばになろうとしているにもかかわらず。
何となく得をしたような気分でした。
でも明日からは平年通りに気温が下がる模様。
心身とも引き締めていかないと…。
さて、今日のトピックは「もし…」です。
歴史に「もし…」はない、という有名な言葉がありますが、
昨日、大師匠の息子さんと再会し、会食する機会がありました。
彼は26歳。19歳からアメリカで6年ほど過ごし、最近はインドや中国で
バックパッカーとして生活して帰国。
現在は、起業を見据え、群馬の山間部の大きな農場で農業を体験学習して
いる最中です。
彼はとてもにこやかで実に好青年ですが、お酒が少し入ると持論を語り出す
という特徴(?)があります。
しかしそれは決して周囲を不快にさせる類のものではなく、日本の将来を
憂う、年長者としては心強くもあり、また自分自身の身が引き締まるような
内容です。
特に彼はアメリカやインドや中国を体験していますので、そこから得た実感を
基にして、日本の将来にどう貢献していきたいか、という話を現在進行形で
具体的に話してくれますので、とても興味深い。
それ以上にいいなあ、と思えるのは、彼が実に大きな声で、大勢の年長者の
前で、全く物怖じせずに堂々と持論を話しているその態度です。
本人より、3~40歳年長者を前にして、あれだけ堂々と話の出来る若者に
そうそうお目に掛かることはありません。
そこからは彼の澱みのない「情熱」が伝わってきます。
昔、「タッカー」という、アメリカの小さな自動車メーカーを題材にした
映画がありました。
ビッグ3に対抗して、消費者にとって画期的な車を提供しようとして、
最後は圧力に抵抗しきれず、消えていった、幻の自動車メーカーです。
劇中で登場人物がこんな台詞を語るシーンがありました。
「どうして協力する気になったんだ?」
「最初はカネが目当てだった。だけど彼と毎日一緒にいるようになって
彼の『夢に感染した』んだ。」
すべての始まりは小さい。
しかし「情熱」がその小さな思いに命を吹き込む。
情熱が夢となり、ひとり、またひとりとその夢に感染していく。
いつしかその夢はカタチをまとい、世界に現れる。
26歳の彼の「情熱」に触れて、そんなことを思っていました。
もし今、わたくしが26歳だったとしたら、どんなことに「情熱」を傾ける?
それをもう一度、真剣に考えてみたくなりました。