ほとんどの人はひとつか、あるいはふたつの視点しかない、と言われる。
だから多くの場合、人はものごとの見方、解釈の違いによってトラブルに
見舞われることになる。
ただ単に、相手の目線から見れば、何の不思議もないことが、自分自身の
見方でしか見ないために、対立を生み出してしまうことは誰もが思い当たる
経験ではないだろうか。
好き好んで争いに身を投じる人が、そうそういるとは思えない。
厳密に言えば、もともとすべての人は、個性として微妙な違いを持っている
存在なので、完璧に同じ意見、ということもなかなかあるものではない。
しかし出来るだけ揉め事を避けたいと望むのであれば、方法はあると思う。
例えば…
まず頭の中を真っ白にして相手の意見を先入観なしに充分に聴く。
そして「あなたはそういう風に考えて(感じて)いるんですね」と承認する。
ちなみに「承認する」ことは、「同調する」こととは違い、あくまで自分は
あなたの意見を聴き、受け止めましたよ、というメッセージである。
そしてこの「承認」にはくれぐれもイヤミがこもらないように注意する必要が
ある。(感情が顔に出やすい人は特に!)
この時、相手の話の中で、何かもっと詳しく聴いてみたい、例えばどうして
そのことをそう思うのか、といったようなことを、質問して掘り下げてみる
のは、相手に対する理解を深め、共感を作る上で非常に有効である。
そのようにして、相手は自分の意見をほぼ言い尽くして、あなたはより詳しく
知りたいことを聴き尽くした、というくらいのコミュニケーションがとれれば
大概の場合、今度は相手があなたの意見を聴いてくれる。
こういったやりとりが、どこでも当たり前に行われているならば、世界から
揉め事の大半は消滅しているような気がする。
なぜなら相手の視点を自分に取り込むには、これだけでもかなりの効果がある
と思われるから。
ちょっと面倒に思われるかもしれないけれど、出来るだけトラブルを減らし、
より多くの人と友好的かつ建設的に関わっていきたいと望むならば、ぜひ
視点を増やすことを意識して、こんなコミュニケーションをとってみることを
おすすめしたいと思う。
「みんな違ってみんな良い」と誰かが書き残していたのを読んだ記憶がある。
野口嘉則さんから「正しさは人の数だけある」と教わったことが、人生の財産に
なっている。
人は意識の深いところで、ひとかたまりになっている存在だと信じている。
だから違うことは、すべてひとつの命の個性であり、違いがたくさんあることは
本来、多様性という言葉で語られるべき価値だと考えている。
出来うるなら、あなたと違う考え方をする人がいることを祝福し、この多様性の
存在する世界を少しでも多く受け入れて、ひとつでも多くの視点を得られる人生
になりますように、と祈ります。