人は外側と内側のふたつの心を持っている
生まれ落ちた時には、ほとんどは内側の心しかなく
肉眼で感知出来ないものでも、その心には映すことができる
そこには現象としてではない、真実がある
しかし
物心つく頃になると、外側の心も徐々に大きく育つ
火が熱く、氷が冷たいと知るようになれば、
外側の心は、内側の心に現象を伝える役割をするようになる
そしていつの日か、
内側の心は、自分が外側の心の主であったことを忘れ、
現象に反応し、一喜一憂するようになる
すると人生のさまざまなことが色あせて見えるようになり、
いつの間にか、ぬるい湿った空気が、身に纏わりつき始める
そんな日々を繰り返すうちに、最初から人生とはこの程度の
体験だったかのような錯覚に陥る
すると泥濘に足を取られ、意味の分からない笑いだけが
わずかな息抜きのような日々の繰り返しが待っている
そんな日々の中でも、ひと握りの人は、内側の心の微かな声を
耳を峙てて、聴くことを思い出す
見えるものでなく、見えないものに真実が宿っていると
幼い時には悟っていた、あの感覚が瞬間に蘇る
内側の心の感じるもの、発する声を聴けば、
いたずらに急ごうとすること、理由のない不安に駆られること
そんな影の業が幻想でしかないことを、光が示してくれる
見えずとも、内側の心に耳を澄ませ
ぬかるみもぬるい湿った空気も、お前の心が創り出した幻想なのだ
内側の心はすべての心と繋がっている
真実はそこにこそあるのだ