「二重敬語」と「敬語の連結」について少し補足しておきます。何度か書いていますが、混同されている場合が多いようです。
「二重敬語」とは二つの敬語表現を組み合わせて一語にしているものです。
例えば次の表現は二重敬語です。
・先生がお話しになられる。
「お+~なる」で、すでに尊敬語として通用するところに
「なる」→「なられる」とさらに敬語にしているため、二重敬語です。
現代の表現では過剰な表現と言えるでしょう。
もうひとつ、「二重敬語」と誤認されやすい表現に「敬語の連結」があります。
・先生がお話しになっていらっしゃる
一見、二重敬語のようですが、そうではありません。
なぜなら、次のように分解できます。
「お話しになる」+「て」+「いらっしゃる」
「お話しになる(「話す」の尊敬語)+「て」+「いらっしゃる(いる)の尊敬語」と分解でき、2つの敬語を「て」で連結させたものです。
これは敬語の連結用法といって、文法的には間違いではありません。
それでもやはり、過剰な表現という印象があります。
「二重敬語」と混同する人が多いということは、それだけまどろっこしい印象を与えるということですから、やはりさらりと言い換えるほうがいいでしょう。
この場合、どちらか一語を尊敬語にするだけで十分です。
・先生が話していらっしゃる(「いる」を敬語に)
・先生がお話しになっている(「話す」を敬語に)
ちなみに、二重敬語も敬語の連結も、文法上間違いかどうかと黒白をつけるにはむずかしい問題です。誰かが使っていたからと「それは間違いですよ」と追求するのではなく、「このほうがすっきりしていいですよ」というような指摘のほうが角が立ちません。
現代の用法として、すっきりした表現のほうが好ましいという意味でとらえるほうがいいでしょう。聞いた人がどう感じるかという視点から眺めるといいですね。