自主ゼミと人生

大学生が自発的に集まり、
テーマを決めて研究を進める「自主ゼミ」。
これを大学の教育課程に組み入れて
単位を与えたり、
活動経費を助成して
後押ししたりする動きが広がっている。
※日本経済新聞より
▼能動的な学び
学習指導要領の次期改定案に
盛り込まれた目玉施策の1つ
「アクティブラーニング」
もとは大学教育の現場で
使われている用語であり、
文科省が先に発表した
大学教育の質的転換答申においても
「批判的、合理的な思考能力」
「倫理的、社会的能力」
「創造力、構想力」
「判断力」を養う必要性において
アクティブラーニング
(能動的な学び)の重要性が
大きく取り上げられていた。
▼双方向
つまりそういうことだ。
先生と学生・生徒のような
一方方向性の強い
従来の教育手法を大きく見直す。
ディスカッションやディベート
グループ・ワークなどの
双方向性を重視した学びの姿勢こそ
これから求められる教育の形。
ところが肝心の学生側に関しては
学修時間そのものが減少傾向。
教育関係者はもとより、
国民、産業界、果ては学生自身が
学習の在り方について問題を感じ
不満を抱えている。
▼もっとやれ
僕が大学生時代の話だ。
入学して間もなく行われた
少人数制の授業にて、
学生一人一人による課題発表会が
行われたときのこと。
教室内の全員の発表が
ひとしきり終わった後、
担当教授が意見の論述を求めてきた。
ところが誰も挙手して
発表する気配がなかったので、
今後の成績のことも考え、
僕は思い切って挙手し、
名前も顔もうろ覚えながら、
斜め前に座っていた同級生の
課題について意見を述べた。
すると今度はその同級生が挙手し、
「私はそのような意図で
発言したのではない。」と反論。
それまで殆ど無表情だった教授が
初めて笑顔を見せて、
「待ってました」と言わんばかりに
同級生の意見を褒め称えた。
▼自主ゼミと人生
批判的意見が議論を活発にする。
だからこそ称賛に価する。
教授はそう言いたかったのだろう。
けどそこに少しでも
「相手を負かしたい」だの
「相手を怒らせたくない」だの
感情的な意識が介在する時点で
本質的で建設的な議論の発展はない。
大切なのは相手がたとえ
人生の先輩だろうが教授だろうが
「いかなる批判もまずは聞き入れる」
姿勢を貫くことだ。
でなければたとえ
自発的にテーマ決めから入れる
「自主ゼミ」であっても
真の能動的学習の姿勢は身に付かない。
不特定多数を前提に
感情を100%排除した議論が
現実的に存在し得るかの議論は
別として。。