世界赤十字デーと人生

世界赤十字デーは、
赤十字を創設したアンリ・デュナン
の誕生日(5月8日)である。
※Wikipediaより
▼ノーベル平和賞
スウェーデンの発明家
アルフレッド・ノーベルは
ダイナマイトに代表される
様々な爆薬の発明により
巨万の富を築いた。
土木工事の安全性向上に
寄与する一方で、
その破壊力の大きさから
戦争目的での利用も活発化。
当のノーベルも
ダイナマイトのような
破壊力の大きな兵器が使われる事で、
それが戦争抑止力として
働く事を期待していたという。
▼死の商人
ところが、世間の評価は厳しかった。
数々の爆薬で巨万の富を築いた
ノーベルは一部のメディアで
「死の商人」と呼ばれたことから
本人は自身の死後、
自分が人々の記憶にどのように
残るかを考えるようになった。
そうして残された遺言と遺産をもとに
設立されたのが現在のノーベル賞。
「(私の財産により設立された
基金を元に生じた利子について)
その前の年において
人類のために最大たる貢献を
した人々に分配されるものとする」
その記念すべき第1回ノーベル賞
(平和賞)を受賞したのが
冒頭の「アンリ・デュナン」だ。
▼生まれて初めての喜び
僕にとって赤十字という存在が
身近なものとなったきっかけは
高校生のときに初めて行った
献血でのことだった。
それまでの僕は
「人道支援」や
「傷病者救護」の類は
崇高な意思を持つ
特定のボランティア組織や
医療関係者に委ねられるものであり
僕のようなちっぽけな人間には
あまり縁のない分野なのだと
思い込んでいた。
高校生になり
献血が可能である年齢に達すると同時に
学校側から「献血に参加しましょう」
と言われたとき、
僕の心は益々そこから離れることを
強く望んだ。
なぜなら僕は
他人の血を見ることが
とても苦手だったからだ。
そんな僕であったが
今では、日本赤十字社から
メールやはがきで献血の要請がある度に
必ず献血会場に足を運ぶようになった。
▼世界赤十字デーと人生
当時慈善団体のメンバーであった
アンリ・デュナンは
イタリア統一戦争で生じた
たくさんの死傷者の姿を見て
敵味方分け隔てなく
救護活動にあたった。
その時残した
「人類はみな兄弟」の言葉は
あまりにも有名だ。
僕自身も年に3回以上は
献血会場に足を運ぶが、
しばしばそのことで
友人・知人から声を掛けられる。
「偉いね」
「真面目だね」
そのことについて
僕は特になんとも思わない。
愛すべき家族だろうが
赤の他人であろうが、
僕自身が起こした行動で
誰かの役に立てるのであれば
僕はそれ以上何も思うことはない。
人との“つながり”が持てること自体が
僕にとってのかけがえのない喜びだから。