ネット環境の変遷と人生

内閣府は青少年の
インターネット利用環境に関する
2016年度の実態調査結果の速報を
発表した。
※共同通信より
▼過去最高更新
予想はしていたが、
こうも際限なく記録更新が続くと
先行きを案ぜずにはいられない。
内閣府によれば
平日1日あたりの
インターネット平均利用時間は
小学生が1時間33分。
中学生が2時間4分。
高校生は3時間27分。
今回の速報を伝える
各社のニュースの見出しに踊る
「ネット依存」の5文字。
一体何が彼らをそこまで
「ネット」に夢中にさせているのか。
▼知りたい
つまりそういうことだ。
人間に元来備わっている
知的欲求を満たす手段が
テクノロジーの進化で形を変えただけ。
ここで言及する知的欲求とは
自身が対象を知覚・認識することで
快の感情を満たす原動力を指す。
「快」
大抵の動物がそうであるように
対極にある「不快」を避け
「快」を選び、追求し続ける。
そうして人類も今日に至るまで
目覚ましい進化を遂げてきた。
より一層
「快」の感情を満たすために。
その最もたるツールが何を隠そう、
現代人の手元にある「スマホ」だ。
▼魔法の板
僕が初めてスマホを所有したのは
今からおよそ7年前。
当時の日本はガラケー全盛期で
僕のように街中でスマホを操作する
人間はほとんど見かけなかった。
だから購入当初、
電車の中で取り出して利用する際は
優越感よりも恥ずかしさが勝った。
「こいつ物好きだな」
なんて周りから思われないだろうか。
けど、そんな不安は
一瞬にして吹き飛んだ。
"あまりに、快感だったからだ"
いつでもどこでも
手元にある百数十グラムある
この一枚の板で
世界中のありとあらゆる情報と
一瞬で繋がることができる。
元来本の虫であり、
自分が知らない・味わったことのない
情報や体験の一切と隔絶されると、
持てうる気力の全てを失うような
そんな僕だ。
「この一枚さえあれば
電源を失わない限り、
人生において何一つ
不安を覚えることはない。」
僕にとって初めてのスマホは
まさに "魔法の板" と表現しても
過言ではない存在だった。
▼ネット環境の変遷と人生
冒頭の調査によれば
小・中学生ではゲーム、
中・高生では動画視聴の
利用が増えている、とのこと。
何もおかしな話ではない。
10年以上前の
「テレビゲーム」
「テレビ番組」
がテクノロジーの進化により
「スマホ」に置き換わっただけだ。
ゲームソフトを買わなくても
新作ゲームに触れることができる。
チャンネル争いもせず、
好きな時に好きな番組(動画)を
視聴できる。
さて、どちらを選びますか。
それはあまりに愚問と感じる一方で
このまま人類の正常進化に則り、
即ち
より、快の感情=便利さ・物質的豊かさ
を延々と追求し続けることが、
必ずしも人類の幸福感の拡大に
繋がるわけではないことを
一体どれだけの人が自覚しているのだろう。
我々は今、現代人類の共通認識下にある
"正常進化" からの脱却を熟考すべき
過渡期に直面しているのかもしれない。