「被害者も悪い」と人生

金沢市教委が今年度、
市立小・中・高校の全児童・生徒
約3万5000人を対象に実施した
いじめに関するアンケートで、
小学生と中学生のそれぞれ約3割が
「いじめられる人も
悪いところがあると思う」
と答えたことが分かった。
※毎日新聞より
▼見出しのインパクト
多くの人を惹きつける、
という点では成功なのかもしれない
「被害者も悪い 小中3割」
僕も思わず
「どういうことだ?」と
記事の中身を
最後まで確認せずにはいられなかった。
すると
「いじめられる人も
悪いところがある」との設問に
「思う」と答えた小学生は
全体の29.1%
中学生は35.5%にのぼった、
とのこと。
▼言葉のニュアンス
つまりそういうことだ。
実際のアンケート用紙を
目にしたわけではないが、
人によって解釈のズレが生じかねない
設問であることに変わりはない。
そもそも何をもって
「悪い」とするか。
よもや善悪を示す
「悪」ではなかろう。
それが証拠に
「いじめはどんな理由があっても
絶対にいけないと思う」とした
児童・生徒は
小学生90.8%、
中学生89.2%、と出ている。
見出しにある
「3割」の児童・生徒は
一体何を以ってして
「悪い」という言葉を選んだのだろう。
▼底辺
僕は小学生の頃
自分は底辺の人間だと認識していた。
決して自虐的な意味ではない。
入学当初から
僕のセルフイメージはそうだった。
なぜか。
周りに
そう言い聞かされ続けたからだ。
「小未来のくせに」
「何ぼーっとしてんだよ」
いつも何かにつけて
難癖をつけてくるクラスメートが
複数存在した。
僕には抵抗するような度胸など
持ち合わせていなかったから
数年間、その言葉を受け入れた。
▼「被害者も悪い」と人生
市教委の西川茂治・学校指導課長は
「どんな理由でもいじめは悪く、
『思わない』が望ましい選択だ」
と強調し、
結果について
「学年が上がるにつれ、
いじめられる側の言動など、
きっかけを見聞きし、
悪いと思うのではないか」
と分析している。
確かに側面の1つでは
あるかもしれない。
けど、小学生時代
「被害者」を経験した僕からすると
いじめられる側には
一種のあきらめ感が根付いており、
自分自身の欠点を
「悪しき特徴」として捉え
いじめの遠因になっていることを
自覚している児童・生徒による
悲痛の「悪」であると僕は思っている。