重質なカーテンが開かれ、語り手の誇大なナレーションに感化された観衆の視線が一斉に舞台上の私に向けられる。


ミラアンセスライドを担いだまま目を閉じ、静かに鼻から息を吸い上げる。


自分に向けられた視線の注目度と期待感が高まっていくと共に、ステージエリア全体の張り詰めた空気の密度が膨張していくのを肌で感じる・・。


顎を引いたままの姿勢で高鳴る鼓動を制御しつつコンセントレーションを維持しながら、目前にいる狩猟のターゲットをロックオンするかのように目を見開く・・。


視界に広がるダンジョンのように薄暗い観客席の奥、舞台上の燭台から照らされる光が観客席に腰を下ろす観衆の頭上を通り越し、正面に見える出入り口の横で腕を組みながら立ち見をしている黒衣を纏った女を微かに照らしている。


相変わらず女はフードを深々と被っている為、表情のデティールこそ目視できないが、視線はこちらを向いているはずだ。


その高飛車な佇まいがムカつく


私は素早く肩に担いでいるミラアンセスライドを振り回すように薙ぎ払い、そこで生じた旋風を観客席に向かって吹き飛ばした!


気風は弧を描きながら観衆の髪を前列から後列にかけて余すことなくかすめていくと、洞窟深くで尊大に立ち塞がる黒衣の女目掛けて飛んでいく。


「挨拶代わりよ。受け取りなさい」


女はそれを承知の上なのか、甘んじて風圧を受け入れると、頭に被っていたフードが推進力に押され、襟首に倒れていく・・


東方を思わせる美しい黒髪が微力な残り風と共に、そのクオリティの高さを象徴しながら軽やかに両肩の上を靡いていく。


眼球が落ちんばかりに刮目して正面のターゲットに見入る私。


微笑を浮かべた


露わになった女の「小顔」は色素の薄い肌に覆われており、細く尖った顎の上で微笑を浮かべる唇は大人の女性を象徴する妖艶な紅、彫刻のような造形を誇る明瞭快爽な鼻筋を中心に、寛恕な徳行が溢れ出た一寸の狂いもない黄金比眉から成る全美に整った雅やかな目鼻立ちを際立たせるは水晶のような虹彩から放たれる紅紫色(マゼンダ)の光輝・・・


「うっそ・・・予想の億は上回る完璧淑女(パーフェクトレディ)とな・・!?」


思わず絶世の美女に一目惚れしてしまった無骨な狩人が、友人の家から辞書を盗み、三日三晩寝ずに逆引きから思い描いた安っぽい美辞麗句を連ねた「激愛ポエム」が脳裏に浮かぶ・・。


いいわ。ルックスでの敗北は認めよう。


だが私には人智を超越した永遠の若さがあるのだよ!!


一度は屈した顔を奮い立たせ、今一度、女を見上げる。


きょとんとした表情で遠くからこちらを見つめるあの眼・・



どこだ・・・何処かで見たような・・・・



祖龍・・?



違う・・・



同じ眼でも霊眼とは性質が異なる・・・



禁忌の存在・・・・






わかった







邪龍だ







私が読み明かした「祖龍の書」の重要項目によれば



1.祖龍は古塔に降臨する
2.祖龍は選ばれし盟友を求め探している
3.黙示的な破滅を齎すは邪龍、啓示的な秩序を齎すは祖龍であるという定義



以上が記されていた。


祖龍に対を成す破滅の存在・・・


それは・・・







コホン







私が刹那の物思いに耽っているとそれを見越した演出家が下手の舞台裏から軽く咳払いして注意を促してきた。


さすがにその時ばかりは自分がどうかしていると思った。


いち女商人が想像を超える艶美な存在であったとしても、そこから邪龍のことを考えるなんて・・飛躍し過ぎ。想像力が豊かなのも問題ね。


私は気を取り直してその「空虚な間」もわざと作った演出だと思わせる為、今一度、観衆に向かって(正確には女商人に向かって)、勝ち誇ったかのような笑みを浮かべると満を持してミラアンセスライドを奏でるのであった。







Recollection No.2_18







その音色は弦楽器にどこか機械的な音像の歪みを加えた先鋭的な音響信号の如く、聴く者の鼓膜を突き破らんばかりにステージエリアを反響させる!!


先程までの歌劇と一変、舞台が急進的な独奏会と成り代わる。


耳を劈く(つんざく)ようなダークサイドの倍音を初めて聴かされた観衆は、奏でられる不可思議なメロディの螺旋に脳を溺れさせてしまったかのように顔をしかめていく。


無理もない。


何故ならこの章のテーマは誰も体験したことのない死闘なのだから。


私は祖龍との狩猟を回想しながら、その憤激の息吹をぶつけるように歌口へと吹き込む!


より増幅されたディストーションサウンドが更にBPMを神速させ、微細な音律が観衆の聴覚を通して脳内に超越的な刺激と振動を与え、中枢神経系を作用しながら次第に昂ぶる心音のリズムに同調するのに合わせて精神浄化を肉体と共に活性化させる!!


未だかつて働かせたことのない心身の機能が奮われた観衆達は自ずと無意識に立ち上がり、白き異形の狩猟笛で独奏する私の背後に各々が心象を描く祖なるものの偉大なる神姿の観念を具現化させていく!!


ステージエリアを漂う感情と思考が畏敬の気流へと変貌し、導きの旋律に誘われながら独創的な旋回をみせつつ上昇していき、一点に集中する・・・


尊崇の観念からなる集合体のエネルギーは、やがて偉大なる白き龍へと実体化を創め、祖龍という偶像となって現れた!!


私は敬仰の思念が創出した擬龍を背中で感じながら、このステージエリアにいる誰もが初めて共感できたと悟った。


私が祖龍と交わした白の契約と同じように彼らもまた、その身を大陸に捧げるのだ。


私は音の振動を抑制(ミュート)させながらゆっくりと目を開け、白の誓約を唱えようとした・・・


「白き盟友よ。かけがえのない世界を守りぬくため、その身を大陸に・・・」



誓いの間近、その時であった。


心酔の境地にある観衆の奥から、契りを反故する姦邪な強い意志力を感じる・・!


私は素早く狩猟笛を構え、その視線の先にある敵を見定める!!



深淵の闇に紅く光る2つの邪眼



まるで獲物を捕らえようと躙り寄るクリプトヒドラのように私を恨めしそうに睨みつけている・・・



あの女だ



あの類まれな美貌を兼ね備えた黒衣の女商人こそが邪の化身だったのだ!!



憂い断つべしと腰を上げる私。


観衆は同志達も含め、未だ恍惚の表情を浮かべながら舞台を見上げている。


私は「彼」に教えを請うように後ろを振り返る・・・


その時であった。私の目の前に大太刀の鋭い刃が振りかざされてきた!!


間一髪、機能した防衛本能でその襲撃の一太刀をミラアンセスライドでガードする!


標的を見定めようと顔を上げると、得物越しに黒い装束を纏った男が今一度、渾身の力で太刀を振り下ろそうとしていた。



ギルドナイト!!



振り向いた勢いそのままに、リーチの長い狩猟笛を振り回し、刀ごとブラックナイトを薙ぎ払う!


上手に吹き飛ばされる刺客の背後から信じられない光景が目に入ってきた。


私に向かって何かを必死に伝えようとしているバーニー・・


叫ぼうともその警告は背後から彼の口を力いっぱいに押し付ける「しわくちゃな手」によって塞がれている。


息子の背後からゆっくりと姿を見せる狼の顔・・・


ジェイミー・ブラントだ。


あの時、鏡に映っていた邪険な顔はやはり彼の本性を表していたのだ。


そしてまた、彼が刃を向けるが如く睨みつけていた見えない敵こそ、この私だったのだ!!


彼は既に白装束を捨て、謀反を意味する黒いフードコートを纏っている。


禍根はあの女だけではなかったのだ。


また、彼の足元には、不意打ちを喰らって倒れたと思われる同志達の姿も確認できた。


「図られた」


私がそう悟った瞬間、ジェイミーは息子を抑えつける豪腕とは逆の手に握っている松明を舞台裏に向かって投げた。


宙を舞う松明を目で追いながら、その落下先にある床を見つめるとあたり一面に透明の液体が撒き散らされていることに気づく。


油だ。


時すでに遅し。


地面に落ちた松明が油に着火し、瞬く間にその猛火の範囲を広げていく。


そして更に難事なことは、その広がる火がいつの間にか舞台裏に配置されていた「大タル爆弾」に向かっていることであった。


次の瞬間、爆発の衝撃波により、狩猟笛を抱いたまま上手側にふっ飛ばされる私。


目眩と耳鳴りの中、首を振りながら起き上がると、さっきまで私を鼓舞してくれていた演出家が頭から血を流しながら倒れていた。


沸き起こる憤怒と共に起き上がる私の目の前に広がる、火の海となった舞台上にゾロゾロと集結してくる色とりどりなギルドナイトが紅炎に揺らめきながら、各々手にした得物を殺意と共に携えながら迫りくる。奇しくも歌劇が現実となって再現されてしまったのだ。


「上等じゃない。破滅へのカウントダウンの始まりよ」


こうして私はよりにもよって対人戦が苦手な狩猟笛を片手に、また性懲りもなく「たった一人の少女」相手に恥じらいも感じず一斉に襲いかかってくる仇讐を再び迎え討つのであった。


To Be Continued





★次回ストーリーモードは2/25(月)0時更新予定です★