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【最幸ビジネスモデル】楽に達成する方法。

 【最幸ビジネスモデル】  2014.6.2 No.0870
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■今日のテーマ
 楽に達成する方法。
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今回、自分の引っ越しで学んだ事(笑)

もうー、なんでもかんでも荷物を部屋に突っ込んで
「ひゃぁ、この段ボールの山をどうしようか?」
という感じだった。

けれども、
ひとつひとつ、丁寧に楽しんでいたら・・・。

気付いたら、きれーいに片付いている。

片付いているだけではなく
今あるもので、棚が出来たり
ドンピシャで隙間収納がハマったり
嬉しく楽しく片付いている。

一週間もかけてゆっくりやればいいやー、
と思っていたのに、
3日間で、想定以上のできばえ!

あれも、これも、ではなく。
ただ、ひとつひとつ、タンタンと丁寧に。

そして、なんと言っても肝は
「クリエイティブに楽しむ」

これは、いろいろな事に応用が効きそうだ。
仕事でも然り。

あれもこれも・・・わーどうしよう?
という場合に。

一つ一つを
ただタンタンと丁寧にクリエイティブに楽しむ!

もうこれに尽きるでしょー!

ただ、やるのではなく
自分なりの工夫をしながら楽しむ、
という部分が最大のコツ♪

たかが引っ越し、されど引っ越し。
自分が無意識でやったことに
自分で学んだ3日間。

日常には学びがいっぱい♪

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■今日のまとめ
 
 楽に達成する一番の肝は、

 「その一つ一つを、ただタンタンと丁寧に
  【クリエイティブ】に楽しむこと。」

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【最幸ビジネスモデル】エネルギーを奪う人。

 【最幸ビジネスモデル】  2014.5.30 No.0869
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■今日のテーマ
 エネルギーを奪う人。
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社会には、与える人と奪う人がいる。

主体的に生きていると与える人。
(主な特徴:建設的な話が多い。)

依存的に生きていると奪う人。
(主な特徴:愚痴が多い。)

いい悪いではなく、
ただ、2種類の人がいるなぁ、と私は感じている。

どちらも、自分ではまったく意識していない。
結果的に、そういう事になっている。
対極がなければ存在できないので、
どちらもいいのだと思う。

 一緒にいて、なぜか疲れる人と
 なぜか元気を貰える人がいる。
 それも一つのバロメーター(?)

さて、某企業の会議で
とても対照的だったので印象に残った。
年齢や経験などは関係なく
この関係がうまれるのだなぁと。

かたや、若いけれど
全体や未来を考えて
どうしたら、一番みんなにとっていいのか?
自分の立場・役割、出来る事は何か?
をいつも考え実行している。
主体的に考え意見も出す。
話していて、とても面白く建設的。
そして、もちろん話が具体的。

かたや、
自分を守る事で精一杯で
周りの事も未来も何も見えていない。
話は長いが、内容は受動的なので非建設的。
精神論(がんばります!できます!など)が多く
それはどういう意味?と聞いても抽象的。

こういう人が
貴重な時間も労力も奪っているが
本人はまったく気付かないし
指摘しても「分からない」と言う。

そして、まったく傷つかないのも特徴。
傷ついたーと騒ぎまくしたてる割には
ちゃっかり、得するように動いたり
それは普通言えないだろう!と驚くようなことを
平気で言って、周りを驚かす(笑)

もし、少しでも傷ついていたら
絶対に言えない事を、
ぺろっと言ってしまったりする。

外から見る分には「喜劇」だが
チームの人の「胃」は大変そう。

また、別の某企業のコンサルでも
似たような関係を相談されることがチラホラ。

奪う人は
視野(世界)がとても狭いという特徴もある。

しかし、本人に見えている世界が全てだと思っている。
その世界の中では完ぺきなロジックで
良くしゃべる(笑)

 いろいろな人との関わりの中で、
 私は、見えている個性などとは別に
 その人の器の大きさ、視野の広さ。
 また、その人の「深さ」などを感じるので、
 関わっていて本当に面白いー!

奪う人も、何かの役割があるから
その立場にいるのだから、それがいけない、
と言う訳ではない。

たとえば、一人そういう人がいるおかげで
チームの団結力が強まっていたり
リーダーが育ったり・・・など。

そして実際
このような奪う人と一緒にチームで仕事をしなくては
ならなくなったり、上司や部下がそうだったりした時
どうしたらいいか?
ということは大きな問題だと思う。

人選が自由ならいいけれど
組織の中ではそうもいかないだろうから。

いい方法はたーーーくさんあるだろうけれど、
私が思う、一番の方法は「おみそ」

 小さな子を「おみそ」という立場にして
 一緒に遊ぶけれど、手をついても鬼にならない。
 ただ、そこで一緒にわーわーと参加しているのが
 小さい子にとっては楽しいし
 大きい子らにとっても、邪魔にならない。
 その中で、小さい子は自然とルールを覚え、
 参加できるようになっていく。

奪う人と、
業務に支障のない部分では楽しくやる。

仕事の中では「おみそ」
一緒にいるけれど、意見も聞くけれど
実践には影響なし。

どうでしょう?(爆)

ここで、
同じお給料をもらっているのに
それはないよ、などという
条件面を考えてストレスを抱える人がいる。

この2次災害を辞めれば
そんなに被害は大きくないと私は感じている。

奪う人を実践に入れると
時間も労力も奪われチームは疲弊していく。

その奪う人を主体的にするには
まず、その人が「安心」する事から
始めないと難しい。

親が小さな子どもを育てるように
心に寄り添って寄り添って・・・
認めて認めて・・・
心が安心する、という事が
まず必要なんだなぁ・・・と
関わりの中でしみじみ感じている。

それは、日々の業務の中では至難の技。
だからこそ、
外部の人間の出番なのだと実感中。

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■今日のまとめ
 
 奪う人と仕事をしなくてはいけないなら
 「おみそ」のシステムは、
 被害を最小に食い止めるひとつの方法。

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【最幸ビジネスモデル】なんでもどうでもいい。

 【最幸ビジネスモデル】  2014.5.29 No.0868
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■今日のテーマ
 なんでもどうでもいい。
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なんでもどうでもいい。
なかなか、この概念は伝わらなかったが、
最近、やけに響き合える人も増えて嬉しい限り!

何が幸いするか、分からないし
一見、悪いような事も、必要な経験だったりもする。

過去を振り返っても
そのときは大変だったけれど
その全てが「今」に繋がっている。

そもそも、
その人に必要な事だけが起こっている。

たとえば・・・。

「子どもの為に!」と考えて、
いろんな事をやる親がいて。

その「愛」が素晴らしいし
その事事体も、
必要だからそういう流れになっている。

だから、それはそれで構わない。

そして、
それしか「正解」がない、
と思い込んでいる所が
物事を難しくさせている。

子どもはのびのびとした環境で育てないといけない、とか。
子どものうちに勉強の習慣をつけなくてはいけない、とか。

仕事やその他の人間関係でも然り。

ある目的ありきで
「正しい事」をしようとすると
とても大事なことが見えなくなる。

実は、
もう、本当に「なんでもどうでもいい」のだー。

だから、一つしか正解がないのもOK!

  そして、
  それを押し付けると、そこにまた
  変な問題が起こって来る。

  なんでもどうでもいい、
  をお互いに尊重し合えたら天国だ。

なにをどう、語っても
「なんでもどうでもいい」に行き着いてしまう。

それを頑張って言語化すると・・・。

「自分自身を信じている」

と言う事なのだと思う。

自分自身も、自分の周りに起こる事も
全部、いちばんいいふうになっている
と信じている(頭ではなく深い部分で)
と、この感覚が通じる。

それはリスクヘッジがいらないとか
そういう事ではない。

ただのノーテンキという事でもない。

シンプルな本質というのか、
こう・・・

自分の人生は全部自分次第と言う事と
何かをコントロールする事を手ばなす事。

一見相反するこの二つの事が同じ事だと感じることを
感覚的に表現すると、
なんでもどうでも、幸せにしかならない
という言葉が近いかもしれない。

人生(生活・仕事・人間関係・その他)も
そして、子育てなどでも
どこにも通じる感覚。

それを共有できる人が増えて来て
私はとーーーーーーっても幸せ。

それじゃダメ!
ちゃんとしなさい!
などと、変な風に誤解されて
叩かれる事が多かったので♪

本質的に生きると
表層の人から表層だと誤解されるもの(爆)

けれど、本質的な視点の人からは、
それが当たり前な事として成り立つ。

もー、本当にいい時代だなぁ。(大感謝♪)

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■今日のまとめ
 
 結局、なんでもどうでもいいのだー。

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【最幸ビジネスモデル】ただ楽しいだけのことを。

 【最幸ビジネスモデル】  2014.5.28 No.0867
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■今日のテーマ
 ただ楽しいだけのことを。
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何かメッセージ性のある事や
何か結果に繋がるような目的のある事ではなく
ただ、ただ
楽しいだけのことを主催したい。

それに出たらどうなるの?
出る前と出た後はどう変わるの?

などと言う事はまったく関係なく。

ただ、
自分そのままで、
どこにも力が入っていなくて
ゆるいけれど軸はあって
ただ、楽しい豊かな響き合えること。

結果的に、
たくさんのお持ち帰りはあるだろうけれど。

結果的に、
すごく価値のある時間になるだろうけれど。

その結果は手放して
ただ、一人一人が自分で在るだけで
心から楽しく居心地のいい「場」を創造したい!

と、常々感じていたら
自然と、そんな場が生まれた。

こんな事がしたいなー
という「意図の閃き」(種?)が
少しづつ育って、準備ができて
自然な形でぽこっと生まれた♪

まず、最初は
今年の2月6日に開催した
弊社の3周年&私のお誕生日会。
すごくゆるくて、
居心地よくて響き合える場だった。

今度は、
その時にゲストで演奏してくれた
ライアーの宮田美岳さんと
ディジュリドゥの稲垣遼くんと3人で、
6月7日に、
豊かで、ただ自分で在れる場を創る。

頭を通さず
心と感覚だけで自分に還る。
ただ、楽しいだけの時間をいかが?

http://hayamatrip.jimdo.com

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■今日のまとめ
 
 結果にフォーカスしない
 ただ自分で在るだけで楽しいだけのこと。
 そういう豊かな場を、これからも創造していく。

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【最幸ビジネスモデル】ローズマリーとミント。

 【最幸ビジネスモデル】  2014.5.27 No.0866
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■今日のテーマ
 ローズマリーとミント。
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お友達が、新しいお庭に
自分ちで大きく育ったローズマリーとミントを
持って来てくれた。

窓からローズマリーが見えて
風と一緒に部屋の中も香りがフワーっと。

庭の土には
ミミズをはじめ、いろんな虫たちが元気で。

土のにおい。
緑のにおい。

葉が風に揺れているのを見ながら
なんて、なんて豊かなのだろうと感じた。

人間達が作り上げた
アスファルトとコンクリートの街中でも
叱る事もなく、
怒ることもなく、
こうして、いつでも変わらない豊かさを
自然は共有してくれている。

どんなに人間が好き勝手しようと
ローズマリーは香り
土の中では命の巡り合わせが行われ。

こんなに雨を汚していも
緑は、いつでも人間に優しい。

人間が自然を壊して、汚して
人間だけが、その報いをウケるのならばいいけれど
地球上に存在する、あらゆる命が
同じように報いをうける。

それなのに、
自然は、豊かさをいつでも共有してくれる。

この寛大さに脱帽。
そして、人間もまた自然の一部。宇宙の一部。
心は、どこまでも寛大に広がる。
自然と共に在れば・・・。

どんなに大都会の真ん中にいようと
いつでも自然を感じる暮らしができる。

逆に、どんなに田舎に住んでいても
回りは自然に囲まれていても
自然と分離した生き方をしている人達もいる。

環境は関係なく
豊かな暮らしは創造できる。

幼少の頃から
コンクリートジャングルの中にいても、
いつも自然と共にいた。
樹や草と話し、宇宙を感じ・・・。

そして、いま庭を眺めながら、
「この星は
 なんて豊かなのだろうね」と。
ローズマリーとミントが
風に揺れながら、優しく笑いかけている。

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■今日のまとめ
 
 環境は関係なく、
 豊かな暮らしは創造できる。

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【最幸ビジネスモデル】渦中にいるときは。

 【最幸ビジネスモデル】  2014.5.26 No.0865
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■今日のテーマ
 渦中にいるときは。
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引っ越し後、最初のお客さまは
大好きなお友達♪

夜ご飯を作りながらのおしゃべりで
子どもの頃の話し。

お互い、いろいろあって。

どんな人も
いろいろあるよねー、と。

その「いろいろ」から
抜けてしまえば、

「その事があったからこその今」とか
「だからこそ、幸せを感じている」とか
分かるけれど、その渦中にいる時は
大変だよね。

その現実が全てだから
そこから抜けるなんて、考えてない。
それがいつか終わるとか
抜けるとか
別の世界がある、
などと思えないから「渦中」な訳で。

でも、抜けてしまえば
もう、その全てのプロセスが愛おしく
プレゼントだった事に気付く。

渦中が大変であるほど、
その後の幸せ感も大きくなる。

人は比較で判断するしか
判断する術がないのだもの。

 だから、ただ在ると言う事は
 無と同じこと。
 対極がなければ存在できても
 認識できないから無いのと同じ。

それに、抜けた後、
俯瞰してみると
問題はどこにもなくて
全て自作自演だったと言う事にも
気付いてしまう!わはは。

これって、魂の旅でも同じ。
前の事を忘れて、生まれてきて
また最初からドラマが始まる。

それは、まるで「渦中」

それがいつか終わるとか抜けるとか
思えないで、その現実が全て。

そして、すべて自分で選んで決めているのだ。

どこを切り取っても
本質は一つだなぁと感じた。
 
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■今日のまとめ
 
 渦中にいるときは大変でも
 抜けてしまえば、全てのプロセスが愛おしく
 プレゼントだったことに気付く。

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■おしらせ

 今週もやります♪
 定例水曜日の朝会「縄跳びカフェ」
 心地のいいおしゃべりを楽しみましょう♪
 https://www.facebook.com/nawatobicafe

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【最幸ビジネスモデル】当たり前の大前提。

 【最幸ビジネスモデル】  2014.5.23 No.0864
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■今日のテーマ
 当たり前の大前提。
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・人に誠実であるために、自分に誠実であれ。
・そのままの自分でいいんだよ。
など・・・。

そんなの、当たり前。
わざわざ、言う事のほどでもない大前提。

そこから、何を創造しているか?
が、私は面白い。

と言っている私も、
そのようなことをメルマガに書いている。

「そんなの、あたりまえだよね。
 何、そんなこと、言ってるの?」

という仲間を見つける為に書いているので
このような事に

気付いたり、感動したり
というのは、私は・・・つまらない(笑)

幼い頃から
こういう大前提を当たり前に感じていた私は
親、友達、社会などの周りの「大前提」が
あんまりにも表面的な部分すぎて・・・。

 枝葉の部分というか
 目に見える部分いうか

小さな子どもの私にとって、
独特の感性を封印しないと生きて行けなかった。

なぜなら、
子どもは、その環境から
移動することが出来ないから。

 もちろん、
 家があり、食べるものがある。
 生きて行く為に肉体を成長させるという
 部分があったからこそ、
 大人になれた訳なので
 心から感謝している。

 特に、本当に大変な状況で
 苦労に苦労を重ねた上、さらに、
 憎悪と対立の中で必死に
 育ててくれた両親に
 深く深く・・・感謝している。

そもそも、子どもは
感じているだけで言語化できないので
(出来たとしても、理解されない)
ただ、吐くとか、
ただ、癇癪を起こすとか、
ただ、自傷するなどで出すしかない。

それほど、
「大前提」が違い過ぎる。

存在する「層」が違うから
まったくかみ合っていないだけなのだが、
往々にして、大人のほうが分かっていて
子どもは分からないと思われる(笑)

そして大人になり、社会に出て、
その封印を解くと、
それはそれは叩かれまくり。

(それは出し方が分からないので
 私の方が対立だったから)

紆余曲折いろいろ体験したのち、
自分のまんま生きると
同じような感性の友達に
次々と出逢える。

深い部分で響き合えるのは
とても少ないけれど、
たった一人でもいれば嬉しい。

 私が私を分かっていればいい。
 と、自分の世界を楽しんむようになったら、
 響き合える友達にも
 出逢っていった、そのプロセスも面白い。

だから、
自分に誠実であろう、なんて
もう、そんなの、当たり前すぎる大前提に、

「そう在ろう!」

と思うなんて
私は、すごくつまらない。

それはもう、ただそういう事なだけ。

そこから、いま、何を創造しているのか?
そこから、何を生み出そうとしているのか?
にしか、興味がない。

いま、47歳で
5歳くらいの時には
独特の感性で、
目に見える現実を見ていたので
かれこれ45年もの間。

表層の社会の中で
うーん。なんて表現したらいいのか・・・
孤独、というと語弊があるし。
分かり合えないというと、それこそ表面的だし。
・・・大前提の違う世界で生きていた。

大前提が違うということは
同じ「言語」の概念そのものが違うので
社会では「無」なのだ。

それでも、自分に誠実に生きると
そのマイノリティな仲間ができて
小さな社会が形成される。

それが大きくなると
今度はまた、べつのマイノリティが生まれる。

宇宙は、どこをどう切り取っても
ぐるぐる周り、繰り返している。

本質はひとつしかない。
そのひとつの本質は自然をみても
人間をみても、宇宙をみても
どこを切り取っても見える。

だから、私にとっては、
今の社会の言う
大前提に「感動する」ことは「つまらない」
私の興味の対象は、マイノリティなのだ。

 ひとつ分かりやすい例を。

 『当たり前の事を当たり前にしよう。』

 などという「当たり前」の内容が、
 「挨拶をしよう」とか
 「くつを揃えよう」などだったりする。

 それって、在り方の結果だし、
 表面に見える部分だし(爆)

 根っこの大前提が
 自分にまっすぐに生きていたら
 表面はなんでもどうでもいい。
 「自分」は宇宙のカケラだし
 「自分」が宇宙全部なのだから!

 もうひとつ。
 自分が思うままに生きよう、なんて
 そんなの当たり前だし、
 自分を縛って、不自由に生きている人も
 それがしたくてしているのだと思う。
 嫌ならやめたらいいんだから。

 人の目を気にしたり、
 社会からはみ出したくないなどの不安と、
 自分らしく生きるという事と測りにかけて
 自分で選択しているだけなのだから。
 
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■今日のまとめ

 自分にまっすぐ繋がって
 そこから何を「創造」しているのか?
 私は、その部分が面白いと感じている。

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【最幸ビジネスモデル】思っているより溜めている。

 【最幸ビジネスモデル】  2014.5.22 No.0863
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■今日のテーマ
 思っているより溜めている。
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シンプルに生きていると、
自分では思っているので、
引っ越しの荷物は少ないと思っていた。

そしてどこに、入っているのか?
と思うくらい・・・。
自分が考えている以上に荷物が多かった。

その荷物の山を見て

「あー、心も同じだなぁ。
 自分ではシンプルなつもりでも
 全部引っ張りだしたら
 相当、いろいろなものが出てくるのだろう。

 部屋も、心も、
 荷物が多いと動きづらい。

 余計なものが多いと
 本当に必要なものが取り出せなかったり。

 もし、まっすぐに進みたくても
 ぶつかってしまって、
 歩く事も難しいだろう。

 シンプルに暮らしていても
 これだけのものが溜まっていて
 全部引っ張りだしたら
 段ボール箱の山。

 心の中も
 たまには整理して
 自分が本当に望んでいるものが
 すぐに分かるようにしていたいなぁ。」

と、しみじみ感じたのだった。

さて、
私にとって引っ越しの時の必需品は、

「電動ドリル」

毎回、工夫して
棚を取り付けたり、押し入れを改造したり。

独身の頃から
そういう事が大好きだった。

出来る限り、すでにある資材で
押し入れや隙間の活用を考える。

まずは、そこからなので
段ボール箱は、まだまだ手つかず(笑)
でも、この工夫が
もーーー、めっちゃ楽しい♪

シンプル且つ、工夫で
想い通りの暮らしを創造することは
なんて、贅沢で豊かなのだろうと
幸せをかみしめている♪
 
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■今日のまとめ

 シンプルだと思っていても、
 部屋も心も、荷物を溜め込んでいる。

 自分にとって大切なもの、必要なものを
 整理することは人生を「創造」するために、
 重要な事だと再確認。
 
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【最幸ビジネスモデル】違うは同じ。

 【最幸ビジネスモデル】  2014.5.21 No.0862
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■今日のテーマ
 違うは同じ。
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2年半ほどまえに
ふと画用紙に
ミルフィーユの絵を描き。

誰もが、それぞれ層の中を生きていて
その層を行き来はしていないし
他の層が在る事に気付いていない。

など、そういう事が
ぶわーっと出て来て
いろんな絵を描いていた。

在るということは
それだけだと、誰も認知できないから
無いということなんだ、とか。

そして、そんな事を感性で探究しつつ、
自分が思った通りの事をしようと
だいぶシンプルに暮らしていた。

そのプロセスの中で、
昨年の6月あたりからだと思う。

もう、とことん
自分に対して誠実で在ろうと決め、
その在り方で行動し始めた。

それからの、この1年。

ふっと腑に落ちる事が
いつも
対極がまったく同じ事だった!
という気づきの連続。

違うということが同じって事だ、とか。
そういう事を言語化すると
「矛盾」とか「ちぐはぐ」なのだが
もう、すっごく
当たり前のこととして
腑に落ちている感じは
言語化不可能・・・チャレンジはするけれど。

そんな対極が同じという感覚が増えた
キッカケは、大小様々な事があると思う。

その中でも、
ある人間関係で区切りを付けた事が
大きいと思っている。

  残念ながら恋愛ものではない。
  もー、ほんとに色恋ざたが
  見事にないのよねー(爆)

  小さな恋人が可愛すぎるからかも。
  そんな彼も、もう11歳♪
  はやいなぁ。
  あと数年で彼女を連れてくる年に・・・。

この人がいてくれたら助かるから、とか
そういう理由でつき合うのは
誠実ではないと感じて・・。

ただ、この人が好きとか、
ただ、一緒にいて嬉しいとか、

(あれ?書くとやっぱり
 恋っぽくなるけれど老若男女共通で)

そういう気持ち100%でつき合うと決めた。

それで、もう本当に
身辺が気持ちよくなって・・・
そんな暮らし(仕事も遊びも含めて)の中で、
ふっと腑に落ちる事が
いつも
対極がまったく同じ事だった!
という気づきの連続。
おもしろーい!

そんな事を感じ始めて
1年が経とうとしている。

自分に誠実に素直にシンプルに在ると
世界が広がって行き、融合していく感じ♪

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■今日のまとめ

 この世界に「対立」という概念そのものが
 あり得ない。それこそ自作自演。
 ただ、層の世界から分離して見ているだけで、
 本質はすべて同じこと。

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【最幸ビジネスモデル】現実そのものが変わる。

 【最幸ビジネスモデル】  2014.5.20 No.0861
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■今日のテーマ
 現実そのものが変わる。
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自分に繋がって生きていると、
暮らしや、人間関係など、
現実そのものが、変わる。

最初から
自分そのままで生きている人は
変わりようがないだろうけれど。

社会に合わせると
自分に嘘をつかなくてはいけないことは多い。

「ちゃんと」「常識的に」生きる事と、
自分にまっすぐ素直でいる事を
両立するのは、なかなか難しい。

その社会の中で
自分の感覚そのまんまで生きようと
決めてしまうと、
現実は、面白い程、変わって行く。

ある時期、
出る杭は打たれる状態で
叩かれる期間がある。

それは
大気圏を抜ける衝撃のようなもので
ほんの短い期間だ。

その時に
ブレることなく
自分に正直に在れば
次第に、存在として認められる。

 この時、
 叩く側に引っ張られてしまって
 自分がブレると、
 この期間が長引いてしまう。

もちろん、
理解できない人達もいるが
自然と疎遠になっていく。

だから、
誰からも叩かれないどころか
素晴らしい、と言われるようになる(爆)

そうして
自分と繋がって、
気持ちよく、心豊かに在ると
暮らしも、付き合う人も
つき合い方も、仕事の仕方も
現実という、何もかもが
心の在り方どおりに変化する。

なんてシンプル!
本当に人間って面白過ぎー!

 PS.
 この洞窟を抜けたい!現状を打破したい!
 と、もがいていた頃の自分が
 懐かしくて、可愛い♪
 すべてが、いいプロセスだなぁ・・・。

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■今日のまとめ

 ただ、自分の在り方どおりの現実が
 日々、創造されているだけ!

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