こんにちは、久田和弘です!
今回テーマにした『マイ・ブロークン・マリコ』について、作品を読みつつこのブログを書きながら自分のなかで反芻しつづけたのが、
「まり子が周囲に助けを求められれば死なずに済んだのか」
でした。
恐らく、ともよもずっとこの事について考え続けていたのでしょう。「あの子がもっと早く助けを呼んでいればこうならなかったんじゃないか」「あの子を面倒に思わなければ死なせることは無かったのではないか」と…。
日常に戻る者が下すひとつの「結論」
この物語は、「椎名ともよ」というひとりの人間が、大切な人を亡くし、その人と生きた軌跡を辿りながら、最終的にひとつの「結論」に辿り着き、日常に戻るまでが描かれています。
そう考えると、この物語は、まり子を救えるかどうか考えるというより、「これから生きていく人たちのためのもの」なのかもしれません。少なくとも、まり子が生きた人生は、短いけれど存在していた。ともよと一緒に歩んだ人生。
そしてともよは、これからも日常を生きていきます。時々まり子のことを思い出しては、彼女のカケラを拾い、眺めながら、けれど時間とともにすべては過ぎ去っていくのでしょう。
壊れたまり子のカケラは、永遠にともよの手のなかにある。それはきっと、ふたりだけの秘密。
