こんにちは、久田和弘です!
「女性同士が助け合う作品」というと、それがマンガであれドラマであれ、まず世間が抱く印象は大体こんなかんじでしょう。
- 友情もの
- 恋愛もの
- レズビアン同士のセックス
なんというか、困ったことに、女性同士というと根底に「セックス」が必ずあると期待する、というのが世間の大きな声のようで、これを「性的消費」といいます。女性同士の友情や恋愛だけを扱った作品でも、「でもこいつら絶対セックスしてるでしょ」という下世話な妄想と現実の区別がつかないのでしょう…。
(じゃあBLってどうなの?という疑問が浮かびますが、恐らくジャンルに関係なく、性的コンテンツとしてたのしむことが目的の作品とそうではない作品とではきちんと描き分けがされていると思います。確かに作品に対する解釈は読者側に委ねられているものの、”女性は男性に性的に消費されることが当たり前”というイメージを広げてしまうような発言をSNS上ですることは、純粋に作品をたのしむ行為からは逸脱しているのでは、と…)
学生時代のともよは、まり子にとって、嫌なことを忘れて普通の子どもに戻れる「唯一の居場所」だったのでしょう。それだけではなく、ともよは何時しかまり子を困難から救い出す役目を担っていて、たとえまり子から「助けて」と言われていなかったとしても、何かあれば全力で駆けつける…そんな関係性となっていました。
問題は、まり子が「助けて」と言っていないことです。「友だちを助けることの何がいけないの?」と多くの方が思うでしょうが、SOSがないにも関わらず「私はつねに相手から助けを求められている」と思い込むのは、あまり健全な関係性とは言えません。
