久田和弘、『Pet』について語る4
イメージを使う者と使わない者の大きな違いは「ヤマ」にあります。じつは、彼らには記憶がありません。記憶には人間性を形成する役割があるので、つまりこれが無いということは、廃人同然ともいえます…。
得に幼少期はヤマが形成されておらず、鍵のかけかたも知らないため、他人のタニと感応してしまい、終始他人の怒りや悲しみに支配されてしまうという…。
サトルと司もまた、同様の理由から人間として扱われるのが困難な環境にいたものの、そんななかふたりを見つけ出し、救ったのが林です。
サトルの場合、夫に対する憎悪にあふれた母親のタニから抜け出せない状態を、林の「ヤマを分ける」ことによって自分と他人の感情の区別に成功。
(ちなみに、サトルは元々ドアのイメージを持っていたものの、ヤマの記憶が無いため鍵をかけられず、他者のタニに感応しやすい状態でした)
…が、自分自身を取り戻したのと引き換えに、サトルは家族を「会社」によって殺され、それ以降社員である林に育てられるのです。林はサトルと暮らしながら、鍵のかけ方や効率よく相手のタニとヤマに侵入する術など、自身を守りながら生き抜く方法を教えていきます。
…一方、サトル以前に林が引きとり養育した子どもが司です。司にはサトルと共通の事情があるのと同時に、とある経緯によって道具扱いされていたものの、そこを救ったのもやはり林でした。
