久田和弘、『群青にサイレン』について語る3

野球と出会い、人見知りの激しかった空が明るく真っ直ぐな性格へと変わっていくのに対し、どんどん「屈折」する修二。次第に大切にしていた居場所を根こそぎ空に奪われたと思いはじめた修二は、野球自体を憎悪するようになります。その後空の引っ越しが決定し、彼が街から離れる頃、修二の心はすっかり野球からフェードアウトしていたのでした。

じつは、この作品のキーワードは、「野球」「青春」の他にもうひとつあります。それは「嫉妬」です。

例えばスポーツを題材にした多くのマンガ作品でも「嫉妬」は頻繁に描写されますが、大抵は物語開始時に能力が劣る主人公が、秀でた才能を持つライバルに強い憧れを持つというシーンが多い気がします。
その後「爽やか」に努力をした主人公が「爽やか」にライバルに勝利するわけですが…。

しかし、『群青にサイレン』の主人公は決して「持たざる者」ではありません。むしろ、「大切なものが多くて手放せない」かんじでしょうか。そんな主人公が自分にとって「一番」を選ぶのに取捨選択をくり返すのが、この作品の醍醐味ではないでしょうか?
大切なものが沢山ある人間にとって、ひとつでも失うことは相当な恐怖だと思います。しかも他人から「奪われた」と認識してしまった場合、敵意や嫉妬心が湧き出る可能性が高いのではないかと。

けれど、強い感情ほど人間を変化させる要素はありません。
そういう意味では、修二は「伸びしろ」を大いに期待できる主人公でもあります。