こんにちは、久田和弘です。今回も前回に引き続き『さよならソルシエ』の魅力を語りたいと思います!
古いしきたりに縛られているパリの芸術を開放せんと目論むテオの頭の中には、新しい時代を切り開く計画上どうしても欠かせない「ある人物」が存在する―――それが、彼の兄、フィンセント・ファン・ゴッホその人です。
ただ真っ直ぐに世の中を愛し、人を愛し、それらを全て受け止めて作品をつくる事に没頭する画家、フィンセントに、しかし兄の「野心」は一向に伝わらない。
何故か・・・それは、フィンセント自身が「絵を描ければそれだけで良い」という思考の持ち主だから。目の前のキャンパスに思うように筆が乗せられるだけで充分。しかしそれは、見方を変えれば「自分以外の人間はどうでもいい」と言っているようにも聞こえかねません。
大衆に好かれる絵画にまったくこだわらないフィンセントは、孤独に打ちひしがれる娼婦や物乞い、ホコリまみれ、土まみれになって働く人々の生き様に目を向けるものの、何に対しても執着心を見せない彼の「ある欠落」に、テオのなかで冷たい怒りが徐々にひろがっていき・・・・。
兄のために「夢」を諦め、兄のために世界をひっくり返してやろうとする弟。
自分には無い才能で周囲を魅了する弟を心から信頼し、人生に対し受け身のまますべてを受け入れる兄。
いっけん仲睦まじいようで、想いがすれ違いつづける兄弟は、やがて何を見出すのでしょう?
(久田和弘)
