こんにちは、久田和弘です。
じつは先程、訳あって「思春期 少女」とキーワードを入力して検索してみたのだが、目の前に現れたのがいかがわしいページばかりで、呆れを通り越して妙に感心させられてしまった。なんというか・・・世の男性の「少女」に対する妄想は、もはや世間的に黙認されているものなのか。
最近では20~30代の比較的若いと言っていい男性までもが、まだ10歳にも満たない少女に「興味を持つ」という、こうやって字に起こしてみると、ハッキリ言って異常としか思えない事件が発生しているが(そういえば、『たられば娘』の1話でもあったなぁ、”日本の男は全員ロリコン”っていうセリフ)、ただ、あらためて考え方を変えてみると、彼らが少女に対して幻想を抱くのは、彼女らがこの世に生まれ落ちたときから秘めている「女」の部分を知らないからか、もしくは知りたくないと思っているかのどちらかが要因なのではないだろうか?
少女というのは、意外とシビアな生き物であり、目の前のものを無情に切り捨てる技は、小学校入学と同時に学んだ「集団」のなかで身につけていく。男の子が自分のことであーだこーだといつまでも悩んでいる間に、少女は周囲の人間の感情を忖度し、時には気づかないフリをしたり、面倒くさい付き合いの輪から離れられず頭を傷めたりと、「社会の仕組み」をある程度理解しているものなのだと思う。
そんな「男性の幻想の外にある少女像」を見事に描ききったのが、志村貴子著『娘の家出』なのだが、具体的なことは次回にしまして、お相手は久田和弘でした!