そして自分を知るの巻その②
ところで自分を知るの巻についてはもう一個、私的には晴天の霹靂っていうことが
昨夜あったのでそちらもご紹介しちゃいます
自分を知るその②です。
というのも夜、友達と電話していたんですよ。今年もよろしくから始まっていろいろと
でね、まぁ去年から今年、そしてこれからみたいなこととか、そんなことを彼女には
折に触れて大きな転機の時にいつも話を聞いてもらって、素晴らしい助言を貰ってきてるし、
あと私を見てきてくれているっていうのがあってまぁ、思うところを話していたわけ
そうしたら・・・その中で出てきた私が人からどう見られているか?という話題の際に
「えええええ?そういうジャッジ????」
っていう私の中では考えてもみなかった人の視点というか、目線を教えてもらったのね。
もうまさかまさかのまさかの坂ですよ
でもぉ、それって別のシチュエーションに於いてはいつも他の人に私が思っていたことで、
なんだろう?まさか自分にもそのシチュエーションが当てはまっているとは、まして、もしかしたら
他の誰よりもはまっているかもしれません・・・みたいなことは思っってなかったから全く方向違いな
理由を模索して、いろいろと悩んだり、あと頓珍漢な理由に踊らされたり、傷ついたりしていたのね。
でも・・・要は灯台もと暗しみたいな話だったわけですよ。あとそれが理由ならそんなに私が傷つく話でも
なかったというかね。(今回の内容はコンは自分に何か非があってのことなのかと思っていたことの
理由がむしろ逆だったっていう話だったのね)
それで思ったんです。ちょっと抽象的な事例で申し訳なかったのですが、他人に自分が
どう見られているか?っていうのを知るって大事なことだなぁって。これはいいとか悪いとか
ではなくて
”他人に見えている自分の姿”
みたいなことね
何故かというと私たちには社会的な生き物という側面もあって、その社会的な私
というのはかなりの部分が他人からの評価によって作られているものだからです。これはその人の
イメージっていった方が解りやすいかな?外見だけじゃなくてオーラとか器とかも含めてね。そして
そういったイメージは自分ではコントロールできないところに一人歩きして他人から二次的な評価を
されているということがあるということ。そういう人の中にある自分のイメージをを知らないで
”自分の思う自分”
だけで振舞っていると予想もしないような反応によくも悪くも遭遇するというね。
ちょっと解りにくいニャ、どんな例がいいかなぁ・・・あっ、例えばコンフィは前、AllAboutというサイトで
食育というサイトのガイドをやっていたのですがその頃って食育に関する取材がよく来ていたんですね。
で、大抵はサイトを見て取材の依頼をいただくのでコンフィのプライベートについてそんなに知らない、
もしくはまったく知らないで依頼というものが来ていたわけですよ。そんな中ある日、
飯野さんの子育ての経験をお聞かせいただきたい
ていう雑誌の取材依頼が来たのね。でもコンは独身だし、子供はいません・・・って(笑)もちろん
怒る話ではないからその旨、丁重にお話してお断りしたんだけど、相手の方は私の記事を読んで
「てっきり子育てをしたことのある方だとばかり・・・」
って思ってたっていうの。これも他人から自分がどう見られているか?っていう一つのイメージだよね。
それからコンフィの著書に「合格への食卓」っていうのがあるんですけどそれって昔、別のブログに
書いていた記事をもとに書籍化されたものなのね。で、その頃ってまだ特に今の仕事をしようと思って
いたわけじゃなくて薬膳の勉強をしていた時だったから自分の復習を含めて、あと中学受験のメソッドとか
合格術とか合格するためのメンタルケアを受験生のお母さんに伝えたいなぁって思っていたから単なる
コンフィの受験食覚書みたいな感じで書いていたの。というので当然、写真とかも出してなかったわけですよ。
そうしたら友達の友達がそれを読んでくれていてあるホームパーティで紹介されたのね。そしたらその人が
私を見て開口一番いったことが
「全然違う人を想像して読んでました!」
って。彼女の中では銀縁めがねにひっつめ、化粧っ気がなくて、白衣を着た化学の先生みたいなタイプ
(=イメージ)の女性が書いてると思ってたんだって。でも実際にあったコンフィは”茶髪巻き髪”、ぷうぷうしてて、
まぁオポン
もちろんメイクは”目張りバリバリ
”とまぁ、とにかく彼女の中でとてもじゃばいけどそういうものを
書いてる人っていうイメージは一ミリも想像できないタイプだったというのでその後、本当にあの人が書いてるん
ですか?って友達に確認していたらしい。
でも子持ちだと思われてるとも、そんな硬いイメージで思われてるとも私自身は夢にも思ってなくて、素の
自分とだけ付き合ってるから酔っ払って階段から落っこちたり、またまた酔っ払って羽目を外して夜中まで
遊んでたり、普通に過ごしていたわけね。
もちろんそれを責められたことはないけど、でももし子供がいると思ってる人がコンフィのそんな姿を見たら
「表では偉そうなことを言ってるのに、実際は子供をおいて酔っ払ってる女」
みたく思われてたことだってあるかもしれないし、「合格への食卓」も硬い女性が書いたと思うから信用して
いたのにそんな茶髪巻髪目張りバリバリな人が書いたんだったら信用できないってなる人もいたかもしれない
ですよね?(同じ中身なのにね)
というので人が自分にどういうイメージを持っているか?っていうことを知るってとっても大事だなっていう
ことを改めて思ったし、あと云いにくいこともはっきりと助言してくれた友達に本当に本当に感謝です
あとはそういうデスクライブに耳を傾ける姿勢を意識的にもってないとダメだなって。
というのもよくよく考えてみたら
”同じ内容のこと”
をここ1年くらい、いろんな人がいろんな機会にいろんな言葉で伝えていてくれたなぁというのも改めて
思い出したから。ただ私の気持ちや状況、それから受け取り能力みたいなことかな?その違いがあって
今まで概念と具体性が繋がらなかった。それが”今の私”に彼女の表現によって刺さったというわけ
というので”自分が思ってる自分”(これはよくも悪くも)とどうも他人からの扱いが違うな?という疑問を
お持ちの方は一度、他人からどう見られているか?それから他人が自分にどういうイメージを持っているか?
ということをリサーチしてみるといいと思います
その際は耳に痛いことを云ってくれる人ほど大事にして
くださいね
昨夜あったのでそちらもご紹介しちゃいます

自分を知るその②です。
というのも夜、友達と電話していたんですよ。今年もよろしくから始まっていろいろと

でね、まぁ去年から今年、そしてこれからみたいなこととか、そんなことを彼女には
折に触れて大きな転機の時にいつも話を聞いてもらって、素晴らしい助言を貰ってきてるし、
あと私を見てきてくれているっていうのがあってまぁ、思うところを話していたわけ

そうしたら・・・その中で出てきた私が人からどう見られているか?という話題の際に
「えええええ?そういうジャッジ????」
っていう私の中では考えてもみなかった人の視点というか、目線を教えてもらったのね。
もうまさかまさかのまさかの坂ですよ

でもぉ、それって別のシチュエーションに於いてはいつも他の人に私が思っていたことで、
なんだろう?まさか自分にもそのシチュエーションが当てはまっているとは、まして、もしかしたら
他の誰よりもはまっているかもしれません・・・みたいなことは思っってなかったから全く方向違いな
理由を模索して、いろいろと悩んだり、あと頓珍漢な理由に踊らされたり、傷ついたりしていたのね。
でも・・・要は灯台もと暗しみたいな話だったわけですよ。あとそれが理由ならそんなに私が傷つく話でも
なかったというかね。(今回の内容はコンは自分に何か非があってのことなのかと思っていたことの
理由がむしろ逆だったっていう話だったのね)
それで思ったんです。ちょっと抽象的な事例で申し訳なかったのですが、他人に自分が
どう見られているか?っていうのを知るって大事なことだなぁって。これはいいとか悪いとか
ではなくて
”他人に見えている自分の姿”
みたいなことね
何故かというと私たちには社会的な生き物という側面もあって、その社会的な私というのはかなりの部分が他人からの評価によって作られているものだからです。これはその人の
イメージっていった方が解りやすいかな?外見だけじゃなくてオーラとか器とかも含めてね。そして
そういったイメージは自分ではコントロールできないところに一人歩きして他人から二次的な評価を
されているということがあるということ。そういう人の中にある自分のイメージをを知らないで
”自分の思う自分”
だけで振舞っていると予想もしないような反応によくも悪くも遭遇するというね。
ちょっと解りにくいニャ、どんな例がいいかなぁ・・・あっ、例えばコンフィは前、AllAboutというサイトで
食育というサイトのガイドをやっていたのですがその頃って食育に関する取材がよく来ていたんですね。
で、大抵はサイトを見て取材の依頼をいただくのでコンフィのプライベートについてそんなに知らない、
もしくはまったく知らないで依頼というものが来ていたわけですよ。そんな中ある日、
飯野さんの子育ての経験をお聞かせいただきたい
ていう雑誌の取材依頼が来たのね。でもコンは独身だし、子供はいません・・・って(笑)もちろん
怒る話ではないからその旨、丁重にお話してお断りしたんだけど、相手の方は私の記事を読んで
「てっきり子育てをしたことのある方だとばかり・・・」
って思ってたっていうの。これも他人から自分がどう見られているか?っていう一つのイメージだよね。
それからコンフィの著書に「合格への食卓」っていうのがあるんですけどそれって昔、別のブログに
書いていた記事をもとに書籍化されたものなのね。で、その頃ってまだ特に今の仕事をしようと思って
いたわけじゃなくて薬膳の勉強をしていた時だったから自分の復習を含めて、あと中学受験のメソッドとか
合格術とか合格するためのメンタルケアを受験生のお母さんに伝えたいなぁって思っていたから単なる
コンフィの受験食覚書みたいな感じで書いていたの。というので当然、写真とかも出してなかったわけですよ。
そうしたら友達の友達がそれを読んでくれていてあるホームパーティで紹介されたのね。そしたらその人が
私を見て開口一番いったことが
「全然違う人を想像して読んでました!」
って。彼女の中では銀縁めがねにひっつめ、化粧っ気がなくて、白衣を着た化学の先生みたいなタイプ
(=イメージ)の女性が書いてると思ってたんだって。でも実際にあったコンフィは”茶髪巻き髪”、ぷうぷうしてて、
まぁオポン
もちろんメイクは”目張りバリバリ
”とまぁ、とにかく彼女の中でとてもじゃばいけどそういうものを書いてる人っていうイメージは一ミリも想像できないタイプだったというのでその後、本当にあの人が書いてるん
ですか?って友達に確認していたらしい。
でも子持ちだと思われてるとも、そんな硬いイメージで思われてるとも私自身は夢にも思ってなくて、素の
自分とだけ付き合ってるから酔っ払って階段から落っこちたり、またまた酔っ払って羽目を外して夜中まで
遊んでたり、普通に過ごしていたわけね。
もちろんそれを責められたことはないけど、でももし子供がいると思ってる人がコンフィのそんな姿を見たら
「表では偉そうなことを言ってるのに、実際は子供をおいて酔っ払ってる女」
みたく思われてたことだってあるかもしれないし、「合格への食卓」も硬い女性が書いたと思うから信用して
いたのにそんな茶髪巻髪目張りバリバリな人が書いたんだったら信用できないってなる人もいたかもしれない
ですよね?(同じ中身なのにね)
というので人が自分にどういうイメージを持っているか?っていうことを知るってとっても大事だなっていう
ことを改めて思ったし、あと云いにくいこともはっきりと助言してくれた友達に本当に本当に感謝です

あとはそういうデスクライブに耳を傾ける姿勢を意識的にもってないとダメだなって。
というのもよくよく考えてみたら
”同じ内容のこと”
をここ1年くらい、いろんな人がいろんな機会にいろんな言葉で伝えていてくれたなぁというのも改めて
思い出したから。ただ私の気持ちや状況、それから受け取り能力みたいなことかな?その違いがあって
今まで概念と具体性が繋がらなかった。それが”今の私”に彼女の表現によって刺さったというわけ

というので”自分が思ってる自分”(これはよくも悪くも)とどうも他人からの扱いが違うな?という疑問を
お持ちの方は一度、他人からどう見られているか?それから他人が自分にどういうイメージを持っているか?
ということをリサーチしてみるといいと思います
その際は耳に痛いことを云ってくれる人ほど大事にしてくださいね
