「神父さまー!」
朝から子供の声がする。ククールは布団の中でうなり、いったいなんなんだと耳をふさいだ。そして、目を開ける。
寝室はまだ寒い。布団の中で視線をめぐらせれば、側の兄の寝台は思った通りからだった。ということは、先ほどの子供を招きいれたのは兄ということだ。
子供は居間にいるらしい。そこから楽しそうな笑い声が聞こえてくる。意外だがマルチェロは子供には優しいのだ。彼が出世するまでは修道院でも子供の世話をまめにやっていたのだから当然といえば当然か。
寒いのを我慢してククールは体を起こした。毛皮のスリッパに足を突っ込み、厚手のガウンを羽織って居間へ行く。扉を開けると子供の声が鼓膜に突き刺さった。
「あ、神父様、おはよう!」
「おう。朝から元気だなあ、お前らは」
「そう?神父様は元気じゃないの?」
今日の客は少女が三人だ。寒い中を歩いてきたのだろう、頬と鼻の先が赤くなっている。マルチェロは背を向けて熱い茶を入れていた。
「飯は食ってきたのか?」
「神父様、もうお昼近いんだよ。わたしたちちょっと早くお昼ご飯食べてから出てきたんだもん。ママが作ったご飯も持ってきたよ」
「悪いね。しかしお前らも、寒い中わざわざ良く歩いてくるなあ」
「おうちの周りで遊んでばかりいたら飽きちゃうんだもん。ねえ」
「うん」
そこへマルチェロが茶を運んでくる。小さなカップはゼシカが置いていったものだ。彼女の家にはいろいろなものが山ほどあまっているらしい。
「熱いから気をつけてな」
「はーい」
「ありがとう、お兄ちゃん」
ククールはもう神父様で固定してしまったが、マルチェロは神父様のお兄さんか、単にお兄さんとだけ呼ばれている。誰も名前を聞かないのは、聞かないまま来てしまったため改めて聞くこともできないのだろう。
少女たちは別に用事があってきたわけでもないらしい。退屈だから二人の家まで行くことにして、ついでに母親が二人のための食事を持たせたと、まあいつものことだ。
ククールはテーブルの上のかごをのぞいた。野菜のキッシュと肉のサンドイッチが入っている。
「うまそうだな」
「おいしいよ。さっき食べてきたもん」
「ありがたくいただくか。あんた、飯は?」
「……食べるとしたら昼食だな」
チクリと嫌味がククールの耳を刺す。ため息をついたククールに一人の少女が笑った。
「神父様たち、今日もあんまり仲が良くないのね。仲良くしないと神様に怒られるってママが言ってたよ」
「ほんとになあ。仲良くできりゃいいんだけどね」
「…………」
マルチェロがじろりとにらんでくるのをククールは涼しい顔で受け流した。今さらにらまれても怖くもなんともない。慣れすぎていた。
少女がポケットをごそごそと探る。何やら涼やかな音がそこから聞こえた。
「これあげるね。はい」
「何だ?」
少女の小さな手のひらの上には、これまた小さな鈴が載っていた。
「鈴?」
「ケンカしたときにね、仲直りの印にお姉ちゃんがくれたの。お姉ちゃんとは仲直りしたから、神父様にあげる。ケンカしちゃ駄目だよ」
「……だってさ」
「わたしの責任ではないだろう、別に」
「よく言うぜ」
またもじろりとにらまれる。が、少女に見上げられ、マルチェロはばつ悪げな表情になった。噴き出す寸前でどうにか思いとどまったククールの背中をマルチェロが見えないようにこぶしで叩く。
「もらっておけ」
「俺がかよ?あんたのほうがいいんじゃ?」
「勝手に怒って勝手に飛び出すのはお前ばかりだ」
「…………」
まあ、それはそうである。しかし原因はどちらかといえばマルチェロにあるのではないだろうか。割り切れないような思いを胸に抱きつつ、ククールは少女の鈴を受け取った。手のひらで小さな銀色のそれが、わだかまりを洗い流すような涼やかな音色でチリンと鳴った。
07/04/30