町はにぎわっている。人の行き交う通りは太陽に照らされ、場違いなほど明るかった。その町の片隅、静かな木陰で少年が一人休んでいる。澄んだ目は読みづらい感情を浮かべ、ただ町の景色を眺めていた。
 そこへひそやかな気配が近づいていく。足音すらしなかった。
「何をしている」
 かけられた声に驚くでもなく、少年は静かに笑った。
「あんたこそ」
「人間の町は居心地があまり良くない」
「だろうね。あんたは魔族だし」
 少年の声に魔族と呼ばれた男は整った眉をわずかにひそめた。
「わたしは伊達や酔狂でお前たちと行動をともにしているわけではないのだ。こんな場所でなにを遊んでいる?」
「俺たちと同行してるのはあんたの勝手だ。別に俺はあんたのために動き回ってるわけじゃない。あんたの望みどおりに行動する義務なんかないだろ」
「…………」
 どこか投げやりな少年の声に魔族は一つため息を落とした。それに少年が顔をあげる。
「それでもあんたは俺たちから離れないんだな」
「お前たちには恩もある。それに、進化の秘法を用いればあの裏切り者も恐るべき存在となるだろう。わたし一人では太刀打ちできないかもしれない」
「そもそも、何であんなうさんくさいやつをあんたが信じてたのか、そっちのが疑問だな。あんたも馬鹿じゃあるまいし」
「…………。わたしもお前たちの基準からすれば長生きしているほうなのだろう。だが、あの裏切り者はわたしよりさらに長い時間を生きているのだ。わたしがまだ幼かった頃よりわたしを教育していたのだから」
 それに少年は目を丸くした。表情にはどこか面白がっているような色がある。
「へえ!それであんたはあいつの言うことを鵜呑みにしてたのか」
「人間は悪であると、人間はいつか魔族をも滅ぼすと、そう教えられてきた。そのために地獄の帝王を復活させ、力をつけなければならないと……」
「その障害である勇者を殺せといったのもそいつなのか」
「…………」
 沈黙のあと、魔族がため息のような声を落とした。
「お前はわたしを憎んでいるのだろうな」
「別に」
「嘘をつくな」
「嘘じゃない。村が滅ぼされてシンシアが殺されたのは、俺が勇者だったからだ。俺のせいなんだよ。だから憎むとしたら俺は俺自身を憎む」
「それでお前は満足なのか」
 魔族の言葉に少年は乾いた笑い声を上げた。
「そんなの、どうでもいいよ。村のみんなは俺が世界を救うことを期待してたんだ。俺も俺たちの世界がなくなるのは嫌だから、とりあえず倒すべき奴は倒す。アリーナもやる気まんまんだし。で、あとは野となれ山となれだ」
「お前がそんな風に考えるようになったのは、わたしのせいなのか?」
「そりゃそうだろ。いや、でも、やっぱ神様のせいかな。俺の存在を知っていながら村が滅ぼされるのをぼんやり眺めてた神様ってどう思うよ。俺に化けたシンシアが殺されるのを放っといたんだぜ。そりゃあんまりだって思うだろ?」
「……なぜ、その女を復活させなかったのだ。お前にとってはロザリーよりも大事な人間だったのだろう」
「さあ、シンシアは人間だったのかな。多分あいつ、エルフだったと思う。普通に溶け込んでたから誰も気にしなかったけど」
 言ったあと、少年はうつむき、ため息をついた。
「シンシアだけ生き返らせてもしょうがないんだよ。大事だったのはシンシアだけじゃない。父さんも母さんも師匠も、みんな大事だったんだ。大好きだったんだ。でも、もういない」
「…………」
「あんたは自分が苦しめた人間に助けられたっていう事実を一生抱えて生きていけ。忘れたらそのときこそ俺はあんたを憎んでやる。……まあ、それも無意味なんだけど」
「あの竜の神に一つくらい願いをかなえさせようとは思わないのか」
 それに少年は笑った。少年らしくないひどく悲しげな笑みだった。
「死んだ人間は生き返ったら駄目なんだよ。それこそ千年に一度しか咲かない世界樹の花でもない限りさ。まるまる村一個分の命なんて、いくら何でも無理ってもんだろ。……あのときまで時間を巻き戻してくれるっていうのなら話は別だけど、時の砂でもそこまで時間は戻せない」
「時の砂か……」
「あれもアリーナには不評なんだけどね。卑怯だって。アリーナもあれでなかなか鋭いから、もしかしたら時の砂も使っちゃいけない道具なのかも」
 少年が立ち上がる。そして空を見上げた。
「あんたらにはあんたらの正義があるんだろう。それをどうこう言う資格は俺にはない。でも、あんたがまだ魔族の王を名乗れるのなら、少なくとも俺の生きてるうちは人間の世界をどうこうしようと思わないほうがいい。そのせいで散々な目に合ってるとしても、やっぱり俺は人間の勇者なんだ。人間の敵とは全力で戦う」
「覚えておこう。しかし、例えばロザリーを殺したような人間のためにもお前は戦うのか?」
「それは人間の尺度で見ても悪人だよ。煮ようが焼こうがお好きにどうぞ。ま、逆に、人間の世界に溶け込んでる魔物は大歓迎だよ。スタンシアラのベホマン教の教祖みたいな」
「良く分からんな。人間は不可解だ」
 首をひねった魔族の王に少年が笑う。目に浮かんだ面白そうな光は勇者という重荷を感じさせない、年相応に無邪気なものだった。