オークニスはたいていが曇天で、そして曇天のうちのだいたいが雪模様だ。だからここの住人たちは晴天を非常に歓迎する。晴れたからと言ってさして暖かいわけでもないし、またこの程度の晴れ間で雪が溶けるわけもない。それでも久しぶりにのぞく太陽は神々しいような輝きだった。
 夜のうちから風の音の弱さで雪が降っていないことは分かっていたが、目が覚めてククールは窓から入り込む太陽に光に最初は不満げにうめき、それから驚いたように跳ね起きた。
「うわ、さむっ!」
 晴れていてももちろん寒いに決まっている。ククールはあわてて布団にもぐり、その中に厚手のガウンを引っ張り込むと、ベッドの中でそれを身につけた。そして勇気を奮い起こして布団から出る。足を突っ込んだスリッパも氷のように冷たかった。
 寒い寒いと連呼しつつククールは居間に入った。ほんのりとぬくもりを残してはいたが、居間の火は落ちていた。ククールは暖炉に歩み寄り、まだわずかに火の残っていた炭をつついてどうにか火をおこす。
 そこに手をかざしながらぼんやりと部屋の中を見回した。
 誰もいない。ということは、マルチェロはどこかへ行っているのだ。暖炉の上にあるキメラの翼はそのままだ。そしてククールの兄は移動呪文ルーラを使えない。ということは、彼はオークニスの町へ行ったのに違いない。
 寒さに身を縮めながらククールは玄関へ続く扉を開けた。この雪国では玄関の扉は二枚あり、一枚目をあけたそこは雪を払うためのスペースとなっている。いつもそこに焚き木を置いているのであるが、それが切れていた。おそらくマルチェロは焚き木をもらいにオークニスまで行ったのだろう。
 ここでの短くもない生活で二人には役割分担らしきものができていた。肉体労働はだいたいマルチェロ、簡単な食事の用意や家の掃除などはククール。それが互いの得意分野であるから、というわけではない。何となくそうなってしまったのだ。
 得意というなら掃除や何かは几帳面なマルチェロのほうが向いているに決まっている。だが彼はほとんど何もしない。毎日暖炉の前で本を読んでいるか、そうでなければオークニスの町へ行っている。退屈じゃないのかと聞いても嫌味ったらしく笑われるだけなので、ククールはもう兄には何も聞かないようになっていた。
 とりあえずククールは茶でも入れるかと湯を沸かし始めた。今日もマルチェロはずいぶん早起きをしたらしく、夜のあいだに凍ってしまう水がめの水は溶けていた。それを鍋ですくい、暖炉の火をかまどに移して湯を沸かす。
 それで茶を入れているところにマルチェロが戻ってきた。どさどさと何かを玄関に落とした音がする。焚き木をもらってきたのだろうと思いつつのぞくと、思った通り焚き木の束がいくつか玄関の隅に置いてあった。
「おかえり。起こしてくれたら連れてったのに」
 ククールの言葉にマルチェロはちらと視線を向けてきただけで何も言わない。どうせ起こすのが面倒だとか、なぜわざわざ起こしてやらなければならないんだとか、そんなことを考えているのに違いない。
 ククールはついでに兄の分の茶も入れてやった。マルチェロは持っていた包みをテーブルに置き、自分はそのまま暖炉脇の椅子にかける。カップを渡すと視線だけを少し上げ、何も言わず受け取った。
 テーブルの上の包みをククールは確認してみた。中身はサンドイッチの包みである。
「酒場のマスターにもらったのか?」
「…………」
 肯定も否定もしない。そうとか違うとか一言くらい言えよと思いながらもククールは包みをテーブルの上に置いた。ククールはまだ朝食を食べていない。
「あんた、朝飯は?」
「……お前はまだ朝だと言い張るつもりか?」
 そう言えば太陽はずいぶんと高く昇っている。しかしまだ頂点までは来ている様子ではない。
「いちおう、まだ朝だと思うんだけど」
「朝食とは早朝に食べるものではないのか」
「ああもう、いいだろ!細かい奴だな!」
「大雑把過ぎる奴にいわれたくはない」
 ああ言えばこう言う。まったくやっていられない。ククールはもう無言でサンドイッチを食べることにした。言い合っていてはこのまま日が暮れてしまう。
 酒場のマスターの作るものは非常にうまかった。それを食べながらふと、ククールは明るい窓のほうを見た。
「今日は月でも見えるかな」
「…………」
「夜にでもちょっと出てみるか?」
 ククールのその言葉にマルチェロが眉を寄せ、呆れきったようなため息をつく。ククールはむっと口を尖らせた。
「何だよ」
「……別に」
「あんたはむかつくな、ほんと!」
 それにマルチェロがふんと鼻で笑う。本当にどうして自分はこんな男と一緒に生活しているのだろうと考え、ククールは肩を落とした。どうしても何もない。ククールは何がどうあってもこの厄介な男を放ってなど置けないのだ。その結果がここでの生活である。
 腹の立つことが非常に多いこの日常が、それでも幸せではないこともないのだから、俺も終わってるよなあとククールは自分に向けてため息をついた。


2007/03/03