ちょっと前なら「シコ踏んじゃった」、

もう少しあとなら「サンクチュアリ・聖域」、

相撲好きの自分だけじゃなく、多分普段は相撲中継など興味がない人も

面白く観られるんじゃないかと思う映画。

しかし、

「事実は小説より奇なり」である。

秋、九州場所は


「やるなぁ!」と、ワクワク期待していた「安青錦」が


次々と大関横綱を破って優勝した。


長音記号2長音記号2長音記号2長音記号2長音記号2長音記号2

安青錦新太(あおにしき・あらた)【2004年3月23日、ウクライナ・ビンニツャ生まれ。21歳。7歳で相撲を始める。23年秋場所で初土俵。25年春場所で新入幕。三賞6度。しこ名は師匠(元関脇・安美錦)から安と錦をもらい、ウクライナの国旗と目の色から青をつけたのが由来。】

長音記号2長音記号2長音記号2長音記号2長音記号2長音記号2(ネットより)


なんと、戦禍のウクライナからスーツケース一つで


一人で来日し、関西大学の相撲部などに面倒をみてもらいながら


来日一年後には、安治川部屋に入門、初土俵は


なんと今から2年前だ。


史上最速の優勝、大関昇進という強さ。


今までモンゴルのお相撲さんの強さは見て来たが、


なんといっても青い眼の栗色ヘア、西洋風力士は初めてだ。


そして、幼い時から、日本の相撲に憧れていたというが、


ロシアにやられて、試合どころか練習さえままならない戦禍のウクライナ、


ジュニアの相撲世界大会で、来日した折に


仲良くなった関西大学の相撲部主将に


つてを頼った。


その主将も良い人だ。


安治川部屋の親方も、実直に稽古に励んだ現役時代があり、


安青錦の「目」を見て、初めての外国力士を入門させたと言う。


コツコツと、稽古に励み、


早く日本に馴染むように、日本語を覚え、


勝ってもひとつも驕ることなく、真面目に相撲に取り組む姿は


平和ボケ日本の若者達の比ではなく、ウクライナの国情や


国にいる親族や友人のことを思い、


「みんなの為に頑張ろう!」と、ひたすらに上を目指したのだろう。


祖国にいれば、前戦に立つことだってあっただろう。


そう思って、取り組みを見れば


あまりの真摯な姿に胸がいっぱいになる。


そんな安青錦が、大関や横綱を土に沈める姿、


驕らずに、淡々と勝ち名乗りを聞く姿、、


これを感動と言わずになんと言えよう。


「もっともっと、すべての面で強くならなくては!」という安青錦に、


頑張れ!の声援を送るしかない。


名前の「新太」は、世話になった主将の名前をもらったらしい。