映画のタイトルではありませぬ。

最近、つくづく思うのだが、

昔の年寄り達は、偉かったなあ!ということ。

何が偉かったか、、と言えば、

歳をとると、こんなにあっちこちが痛かったり

目が見えなかったり、細かい作業に時間がかかったり、、

若い頃には想像もつかなかった「不都合」がたくさんあるのに

「痛い」とも「見えない」とも「細かいことに時間がかかる」とも

愚痴や泣き言を言わなかったことが、

本当に偉いと思う。

昔は、(私の祖母や父の場合)今とは違って

例えば、電灯の明るさも、筋肉痛に効く薬も、

マッサージの人なんか近くにいないし、

今とは格段の違いで、不便であったはずなのに。

祖母(父の母)や父、そして、私の4歳違いの姉、、

この3人は、死ぬまで「泣きごと」を言わず、

「きちんとしたまま」だった。

痛いとか辛いとかはもちろん、迎える死に

対しても、淡々としていた。

身の回りは、少し元気な時に

「あとを濁さず」の見本のように、整理されていた。

3人はDNAのせいか、全く同じ死に様だった。

まるで「武士」のようで、あっぱれと思う他ない生前だった。

私は、、もちろんこの3人のDNAは持ち合わせているが、

もう1人の、、「まだ生きている」のんきな母のDNAもついでいるはずで、

つくづく、3人の「武士達」の最期を感心しながらも

年取ると、こんなにアチコチ痛いの?

立ち上がるのも、座るのも掛け声かけないと!

歩くのだって、ゆっくりだし、

なんなら、片足引きずってるから、、。


、、という按配で、、泣き言オンパレード。


長い間、お客様から(少しだけど)お金をいただいて歌って来た。


ある時期から(もう16年になる)、息子と同じ歳の美女ヴァイオリニストと、


私より10歳近く若いピアニスト(もちろんこちらも美女)と


3人でライブをしている。


だいぶ前になるが、


「これが私にとって最後のステージになるかもしれない」と、


「毎回」思うようになってきて、


リハの時に、つい、「それ」を口に出した。


するとヴァイオリニストが(美女の)


「えー、まりぃさん!そんなこと思いながら歌っているんですか?武士〜〜!」と叫ぶ。


「そうだよ!いつもそう思ってるよー!」と笑いながら


あー、、武士ね!そっか武士か!と反芻する。


さて、


「6月に俺の伴奏でさ、歌わない?」と誘われた。


3人のユニットのように、ちゃんと何度も練習したりできないし、


もうそろそろ引退かなあ!と思っていた矢先なので、


果たしてどうなるかわからないのだが、


いつもDNAの「武士じゃないほう」が、


「流れてくることには乗ってみよう!」と囁く。


そうだ、武士風(ふう)ではいたいが、


まだ流れてくるものがあるのなら


乗ってみるのも悪くないかもしれない。


あー、、なに着よう!?


なに歌おう?


なかなか武士にはなれないものです!笑