どちらかといえば、「流行りの作家」の書いたものは


あまり読む気がしない。


いや、夏目漱石だって芥川龍之介だって、


最初は「流行りの作家」だったのだろうし、


流行りの作家が今まで読み継がれているのだから、


現在「流行っている」作家達も、


この後、ずっと先へ行って「古典」と言われる作品の著者になることもある。


「源氏物語」だって「枕草子」だって、最初は


ずいぶん斬新な読み物だったのだろうしね。


さて、


このところ、大いに世間を騒がせ、


気付いたら「ビッグモーター」の諸々の「お騒がせ」なんか


世間は「すっかり」忘れてしまった、、ような感じなのだが


あの「林真理子」理事長の「日大」の話。


林真理子は、週刊文春に


****

「今宵ひとりよがり」、「今夜も思い出し笑い」、「マリコの絵日記」と変遷を経て、現在は「夜ふけのなわとび」で、このタイトルになってから約17年。


(ネットより)


****


という具合に、エッセイを書いていた頃から


(私の父が昔から死ぬ時まで「週刊文春」と「週刊新潮」を毎週買っていたので)


ずっと読んでいた。


ちなみに、林真理子のエッセイ以前には「山口瞳」の「男性自身」というエッセイや


エッセイとは違うが、「山本七平」(のちにわかった)が「イザヤ・ペンダサン」と外国人名にして


「日本人とユダヤ人」という連載を載せていたのを


まだ中学生くらいの私が、


面白くて、毎週読んでいた。


その後の「文春」の林真理子氏だ。


正直言って、


その頃から、「こんなもんで本を出しちゃうのか?」と、


単なる読者にしては、ずいぶんと傲慢な感想ではあったが、


なんというか、「作家」になるための「敷居」が


一気に低くなった気がしていた。


でもまあ、軽く読めるし、


週刊誌連載のエッセイから波及して、


林真理子の著書はずいぶんと読んできた。


なんというか、井戸端会議的な内容がほとんどだし、


難しい言葉も使わない、ひとの悪口なんかバンバン書いちゃうし


私個人の意見とすれば、


嫌いではないが、格調なんかはどこにもない、


気楽な読み物であった。


それが、いつのまにか「直木賞」の選考役員になったり


出身校とは言え、日大の理事長になったりして


ちょっとばかり驚いていた。


そこへ、この度の事件。


あの、無表情でいながら、井戸端会議をする時と全く同じような話ぶりで


(文章と同じ)


「隠蔽していると言われるとは、遺憾!」と、


「不機嫌な」会見をした。


どうも、変だなと思うのは「隠蔽」もさることながら


大麻や覚醒剤を所持していたとして逮捕されたのが


たった一人の学生だったことだ。


前々から、保護者などから


「疑い」がある、調べてほしいと言われていた、、


、、これは、「たった一人が所持、または使用」していたわけではないだろう。


ああいうことは(って、あたしは経験ないが)


みんなで騒いでやるのだろう。


なぜ、一人だけ「人身御供」のように逮捕させて、


あとの学生は「知らんぷり」を決め込むことができるのだろう。


大学側だって、あの逮捕された子だけじゃないことなんか


百も承知だろうに。


しかも、ニュースでは何度も、あの子の写真が映る。


「もうわかったから、写真は今後載せないようにしてやんなよ!」って言いたくなる。


極悪犯人でもないんだし。


エッセイでは、向田邦子も佐藤愛子も読みやすいが、


林真理子や、今流行りの作家の「軽さ」ではない、


面白さは超一流ながら、

なんか、読み終わると「ズーン」と胸に残るものを与えてくれるのが、


重みもあり、エッセイと言いながら、短編小説くらいの読みごたえがあって好きだ。


向田さんは亡くなってしまったけど、佐藤愛子は


もう100歳くらいだろう。


別れた旦那の借金返済のために書き出したということだが、


やはり親の(佐藤紅緑)血筋なのか


軽く書いてあるようで、決して軽いものではなく、


歳をとった今となれば、「こんな歳まで生きていれば、


こんなことがあるよ」というようなことを書きながら


「この歳まで生きたって、ちっともおめでたくなんかない」と自虐的にも書いているが、


それはそれで、井戸端会議では決して聞けない


人生に「聞いておいて、読んでおいて」『損はない』というような


ズシッとしたものが流れている作品に思う。


(佐藤愛子著「血脈」は自叙伝ながら、


波瀾万丈の親兄弟達や、兄のサトーハチローの話などもあり面白い)


えっと、、何が言いたいかと言えば、


作家だった人が大学の理事長になろうが、


何をやろうが結構ではあるが、


少なくとも「作家」であれば


「皆さんにご心配とご迷惑をおかけして」


「心から反省しています」という


お詫び会見の、10人がいれば、10人が「全く同じ」言葉をつかって「キタナイ頭を下げる」ことを


あなただけはしないと思ったよ。


もっと言えば、理事長になった時から


大学の改革をきちんとやる人かと思ったよ。


「あたしは運動部のことがわからなくて」なんて言わないと思ってたよ。


作家って、読む人の心に届くことを書いていると思ってた。


井戸端会議だろうが、軽かろうが、


書くからには、行動も伴うと思ってた。


あの会見で、大学を改革しようとする女流作家の限界みたいなものを露呈させたような気もするし、


林真理子は、いろんなことやらないで


井戸端会議的な読み物を書いていれば


少なくとも、あんな仏頂面を人前に曝さなくて良いし、


充分、井戸端会議を読みたい人々のアイドルでいられるのに、、と


少し残念だった。


「書くことが好き」で、書くことだけしてきた「作家」には、


いくら母校とは言え、巨大な卒業生を産んだ


清も濁も渦巻いているに違いない巨大な大学を


「あたしが来たから大丈夫!」なんて言って


改革しようとするには、


裏で足を引っ張ったり


ナイショで進めて行く「何か」もあるような気もしないではない。


↓流行りの作家「原田ひ香」の


軽く読めた「3冊」↓