昨日から、ガラッと、寒いほどの陽気になった。
おまけに、今日は昨日よりたくさん雨が降った。
冷たい雨になった。
こんなに寒くなるとは予想もせず、友達の墓参りを予定してしまっていた。
亡くなった彼女は、、コロナで約3年は墓参りが出来なかったのだが、、
62才という若さで、5年前に遠くに行ってしまった。
もう何年も闘病をしていた時に、私のライブに来てくれたのだったが、
あとから考えると、その時も、
もうだいぶ病いに侵されていたように思えた。
それでも(やっとの思いで来てくれたのに)、
ずっと笑顔を絶やさず、楽しそうに私の歌を聴いてくれた。
↓これは、その時に彼女が、辛い身体で抱えて持ってきてくれた「ケーキの形のお花」だ。
彼女を励まそうと連れてきてくれた(常連の)友達には、
亡くなった彼女も心から喜んでいたと思うし、
何より、私は涙が出るほど嬉しく、ありがたかった。
そのあと、1〜2年で亡くなってしまったのだが、
亡くなる寸前まで、頑張って参加していた市民交響楽団(サックスを吹いていた)の演奏会に
聴きに行って励ました。
その時のことは(ブログに書いたはずだが、サイト側で閉じてしまって、このamebloに移ったので、
記事は消滅してしまったらしい)
今でも、目をつぶると光景が目に浮かぶほど、
感動した。
彼女は、確か、市の交響楽団入りをしたのが
60才くらいと言っていたので、
まだ始めてから間もなかったはずだ。
私が聴きに行ったのは、10年も患っていた彼女の
最後の力を振り絞った最期のステージだった。
酸素ボンベを傍らに置き、多分苦しかったはずだが、
穏やかな顔で、演奏した。
そして、ゲスト出演の場面になった時、
なんと当時、80才を越す、元N響のトランペッター「北村源三」氏がステージに立ち
「カッチーニのアベマリア」を吹いたのだ。
ステージの上には、少し離れて彼女が「酸素ボンベ」の横に座っていた。
その時の素晴らしいトランペットの音色も勿論だが、
その「音」と一緒に、
何か、、神聖な、、精神に訴えかけられたような「衝撃」が
聴いている人ばかりでなく、
ステージの上にいる「楽団」のメンバーの心を貫いたように思う。
あの時、会場は一つになって
「生きること」「死ぬこと」や、人としてこの世に「人生」を繰り広げた、あれこれの思いなどを
とても「尊いこと」なんだと教えてくれたような、
ただただ「美しい」ものに包まれたような気がした。
死が迫っている彼女にも思いを寄せたが、
それを見聞きしている自分の今の「生」にも
トランペットは語りかけてくれているような気がして
涙が止まらなかった。
ステージも、客席も泣いていた。
↓その時の演奏ではないが、北村源三氏の「カッチーニ、アヴェマリア」。
70年以上も生きたが、
なかなか、こんな場に立ち合うことはないと思う。
ほどなく、彼女は亡くなった。
見舞いにも、葬儀にも行かなかったが、
その演奏会で、小さな贈り物を持って行って渡した時に
彼女は、冷たい手で、私の手をギュッと握って
「来てくれてありがとう!」と言った。
その時の彼女の目は「これでお別れよ」と言っていた。
私も、目だけで「さようなら、ありがとう!」と言った。
葬儀には来ないで!
そのかわり、もう自分のお墓を用意したから
お墓参りにきてね!と、
彼女と引き合わせてくれた共通の友人に言ったらしい。
亡くなって2回ほど、教えられたお墓に参った。
今日は、3度目だったのに、
コロナ禍で行かれなかった間に、霊園にはお墓が増え、
「みんなが来やすいように」と、わかりやすい場所に建てたという彼女のお墓がなかなか見つからず、
雨の中を
ずいぶん歩いて、やっとみつけてお参りしてきた。
いつも一緒に行く、(彼女を引き合わせてくれた)共通の友人と、今日も待ち合わせをした。
雨が降るのはわかっていたが、
お墓で、彼女が待っていると思うと
日にちを変更する気にもならず、
2年半ぶりくらいで、あの笑顔に会えたようで、
墓参りを終えてホッとした。
帰りに熱いコーヒーを飲んできたのだが、
雨の墓参り、、、靴の中までビショビショになってしまい
寒くて震えたので、帰宅してすぐに足湯で温まり、
熱いゆず茶を飲んで一息ついた。
反対方向に帰る友を遠くから、、。↓
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