先夜、BSで古い(白黒)映画を観た。


1956年頃の作品だそうで、「悪い種子(たね)」


悪い種子』(わるいたね、The Bad Seed)は、1954年にウィリアム・マーチが発表した小説。 出版から1か月後にマーチが死亡したため、本作は彼の遺作となった。』(ネットから)


という映画。




古い映画なのに、「今こそ」そんな恐れを抱くような時代が到来したような気がする。


見回せば、毎日のように


大人達が何の罪もないあどけない子供達や、若い人達を苦しめて、


虐待や虐めによって、死に追いやるニュースが絶えない。


どんな形の「死」であっても、


生きていれば輝かしい人生を送るはずだった幼い子が


強い力で、いくらも生きていない人生を中断させられたことは


ただ胸が痛いと思う感想では言い尽くせない「哀しみ」を感じる。


特に、3才の子が母の愛人によって、


5分間という長い時間、熱湯を浴びせられて死んだ事件は、


犯人にも、母親にも、周りの人にも「憤り」を覚える。


犯人と母親には、5分間、


その温度の熱湯を同じように浴びさせたいほどだ。


さて、


この夜中に観た「悪い種子(たね)」という映画は、


そんな親達(もちろんワタシも含めて)が、


是非観て、純真な子供達の心の歯車がちょっと狂った時には、


こんな恐ろしいことも起こるのだと気づかなくてはならない、、と感じた映画だった。



サスペンススリラーとして、


この作品が「ブロードウェイミュージカル」で演じられた頃は、


今よりもっと、「遠くにある」サスペンスのお話だったのではないだろうか。


原作(小説)は、映画の「ヘイズコード」で衝撃を減らしたものと違い


あと味が、更に「ゾッとする」ものだったようだが、


この映画でも、充分「ゾッとする」。



しかし、キャストが絶妙だ。


このローダちゃんの、綺麗な顔にして奥に潜む残忍さ、


そして、ゲームでもするように次々と


自分が欲しいもののために、人を削除していく。


今は、精神的な病いとして病名もつくのだろうが、


いやいや、こういう人いるって!


昨今のニュースに、「いえ、やってません」と平気で言って


自分にとって、ちょっとでも「邪魔」な人を削除していく事件、多くなってるよ。


この映画の原作は1954年だからね。


映画の前身はミュージカルだけあって、


最後にキャストの紹介がある。


一人ずつ出てきて「〇〇を演じたダレソレ」と紹介され


丁寧に挨拶する。


映画で、こんなのは初めて観た。


お芝居の舞台のようだった。そこで観客はホッとする、、「あー、お芝居だったんだ!」と気づく。


そして、映画エンディングに「この映画を観た皆さん、結末は決して誰にも話さないでください」と


ノーティスが出る。これもシャレている。


役者がどの人もこの人もうまい。


そしてセリフが、聞き取りやすいスピードで、


ゆっくりしていて気持ちが良い。


ミュージカルの名残りか、単なる「映画」とまた違った


「劇的」な、演出が楽しめた。


(例:外で起きている殺人、、被害者の声だけが響き、


誰もが不安に駆られ、何があったかを想像させるところなど)


アカデミー賞は受賞しているらしいが、


やはり昔の作品はよく出来ている。


今の世相まで考えさせてくれる良い映画だった。


恐ろしいけど。


興味を持たれた方は是非観てください。


ネット購入もできるみたい。