102歳の母、決して身体が丈夫だったわけではなく、


何度も入退院、何度も手術もして


90歳半ばくらいまでは、もうそろそろか、、と思う日もあった。


しかし、100歳の大台に乗り、


あちこち切ったり貼ったりの手入れ済みの老母は


「現在、どこも悪いところはありません」と


医者から言われるほど、


足腰が弱って車椅子で移動する以外は


元気な100越え老人だった。


なんと言っても、耳も頭の回転もよく


施設の中でも、周りの状況をよく観察して


私達老娘が会いに行くと、日々の出来事などを話してくれる姿が、


「こっちの方がアブナイわ!」と思うほど


元気な様子だった。


そう思うと、あんなにみんなと話して笑うのが好きな人が


年寄りばかりの介護施設で、毎日暮らすのは


どんなに「つまらない」だろうなぁと


可哀想ではあったが、とにかくこちらも老人になってしまったので


「最善の方法」の施設暮らしだった。


昨日、午前中に妹から


「お母さん肺炎起こして、医師から来てくださいと言われた」と連絡が来た。


あの歳で「肺炎」は、もういよいよその時が来たと


慌てて駆けつけた。


「会いたい人は会っておいてください」とのこと。


しかし、本人は自分で食事もしているし


熱も下がって、いつもと変わりなく普通にしていますとのことだった。


体重は、会うたびに減っていて


今や30キロくらいしかなくなっている。


ベッドに寝ていたが(そういう姿は初めて見た)、ちゃんとわかるし、


「苦しい?」と聞くと「大丈夫」と答える。


「私1人に、スタッフの人が4人もついてくれて、


入れ替わり立ち替わり世話をしてくれる」


「とてもよくしてくれる」と、


いつもながら、置かれた環境を喜ぶ姿勢。


「早く肺炎治して、また起きなくちゃね!」と励ます。


「うん!」とうなづく老母。


我が親ながら、頭が下がる。


末息子がたまたま仕事を早く終えて帰ってきたので、


乗せてもらって、娘と3人で行った。


母は、みんなで来てくれたの?と、


「最期になるから」「来たのだ」とも思っていないのではないか、、と思うほど


喜びを隠して冷静な態度。


じゃあ、写真撮ろう!と言うと


ベッドに横たわったまま「ピースサイン」!


そして、そのあと


「あらやだ!すぐこんなことしちゃう!


ピースなんかしちゃった!」と大笑い。


面白いことが好きな我が息子娘も、


見舞いの場で、みんなで大笑い!


そう、お別れは近いだろうが、


笑いながらさようならができるのも


100越えまで長生きしたからだね。


痛いところも苦しいところも「ない」と言うし、


小さくなった身体は、確実に「その時」が近いことを示してはいるが、


いつも陽気な笑い声の中で生きた人だから


さようならも、きっと、しめくさいものではないだろう。


また明日は長男と行くつもり。


次男はその次。


、、そんなことやってるうちに、


自分もみんなとお別れする時がくるんだろう。


生きていれば、必ずその時は来るからね。


昨日はたまたま偶然に


姉の命日だった。十年たった。


私達より先に着いた妹達2人と、


出口で落ち合い、みんなでイタリアンを食べ、


車を置いて電車で来た妹と、我が娘は


「ビールのも!」と言って、ジョッキで3杯ずつくらい飲んでいた。


みんなで乾杯して


「お姉ちゃんの命日に献杯!」と言い合い


お姉ちゃんが


「そろそろお母さんこっちに呼ぶけどいい?」って言ってるみたいねと笑った。


生命力の強い母も、いくらなんでも


そろそろ向こうへ行くのか、、と思うが


あの笑い方は、、まだわかんないね、笑。