脳科学者の茂木健一郎さんの最近ブログ
に
「日本人は桜が咲いたくらいのことで何故あんなに喜ぶのか?」と
ドイツ人ジャーナリストに聞かれたという文章があった。
「日本人は小さなことに喜びを感じ、
それを生きがいにする」
「だからこそ、、桜が咲いたくらいで喜ぶ日本人だからこそ、
【世界の幸せや平和に貢献する道筋】が
あるのではないか?」と結んであった。
このかたのブログは、こんな埼玉のただの婆さんには
難しくてちゃんと理解できていないような内容も
時には書かれているが、
それでも、易しくわかりやすく書いてくれているようなところもあるし、
簡単に描いたカット画が、小さな子供のお絵かきのようで、
思わず顔がほころぶ。
この回のこの文章を読んで
今の日本政府が「世界」で担うべき役割みたいなものが
本当に、重要であり、
それが「日本人だから」こそ、できるのではないか、、と
思わず期待の力が入る。
また、ある女性( BTSファン)のブログでは、
「(主に BTSの歌に関して)この曲を、初めて聴いた時の自分のことを思い出す」とある。
その頃の自分がどんなだったか、、を思いだす、、。
音楽って、全くそうなんだよね。
例えば、姉と一緒にハモリをつけて歌った幼い日の曲のこととか、
中学や高校で、トランジスタラジオから流れてきた洋楽とか、
初めてバンドを組んで、ステージで歌った曲とか
「脳」というより、胸の奥に
その情景とともに、深く深く刷り込まれている。
私が歌う曲は、自分では「新曲」のつもりでも(笑)
100%古い曲ばかりだから
お客様(も、100%熟年以上の方)も
そういう個々の「場面」を思い出しつつ、
古い新曲をば、聴いて懐かしんで、
たまには、涙なんかこぼれちゃったりするのかと思う。
もうすぐ読み終わるが、三笠宮彬子女王の書いた
「赤と青のガウン」を読んでいる。
彬子女王がオックスフォード大学へ留学した時の話で
赤と青のガウンは、オックスフォード大の象徴。
とても読み易い文体で、飾らず、
皇室の方とは言え、感覚的には一般の人とあまり違うことなく
、、しかし、やはり特殊な立場の方だから、、
留学先での日常が描かれているこの本は、
面白くてどんどん読み進むことができる。
その中に、父君の「髭の殿下」こと、「三笠宮寛仁親王」の思い出がチラホラ載る。
なかでも、偶然に子供達が歌う「おもちゃのチャチャチャ」を聴いた時に
突然、父が歌ってくれたその曲を思い出して
胸に迫ったという話があった。
あの歌をうたうという時期は、
子供が、やっと歌に興味を持ったころ、、
自分の子育てでも覚えがあるので、
なんだか、父と小さな娘が、
「おもちゃのチャチャチャ」を歌いながら遊ぶ様子が目に浮かぶようだった。
そんなふうに、
日本人の心には、同じアジアでも中国や韓国とも違う
(いや、それぞれの国にそれぞれの郷愁はあると承知の上で)
「桜が咲いたくらいで喜ぶ」
「桜が咲くことこそ、大きな喜び」とする
日本人の気骨ある真心を、これからも信じていける自分でありたい。
雨の、我が家横の小径。↓
母の描いた「さくら」↓もう自宅へ戻ることのない母なので(まだ元気ですが)妹からもらってきた。
↓これも母の絵をもらってきました。
スイセンですね。








